PFAS(有機フッ素化合物)とは?|健康への影響と法的リスク
公開日:2024年2月19日
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幅広い用途で使用される一方で人体への有害性が指摘されるPFAS*1と総称される化学物質について、国内外のメディアで取り上げられる機会が増えています。「PFASとはそもそもなにか」、「どのように使われ、人体へはどのような影響があるのか」、「どういった法的リスクが考えられるのか」といった疑問をお持ちの事業者の方々に向け、現状をまとめました。
目次
PFASとは
PFASとは、有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物を総称したものです*2。
PFASには1万種類以上の物質があるとされ、その特性はそれぞれ異なります。PFASの一部は分解されにくく、自然界やヒトの体内に蓄積されるという特徴を有していることから、「永遠に残る化学物質(フォーエバー・ケミカル)」と呼ばれています。
PFASのうち、特にPFOS*3およびPFOA*4は幅広い用途で使用されていることから、様々な規制の対象となっています。以下PFOSおよびPFOAを中心に述べます。
用途
代表的なPFASであるPFOSおよびPFOAの用途は、以下のとおりです。
(1)PFOSの用途
PFOSは、半導体の反射防止剤・レジスト、金属メッキのミスト防止剤、業務用消火器(泡消火器)の薬剤などに使用されています*5。
国内における製造・輸入等が原則禁止される以前の2008年度においては、国内供給量の88%を半導体反射防止剤・レジスト向けが占めていました*6。
(2)PFOAの用途
PFOAは、フッ素ポリマー加工助剤や界面活性剤、コーティング剤、半導体製造用中間原料などに使用されています*7。
これらが使用される消費者向け製品としては、撥水・防汚機能を持つアウトドアウェアなどの衣類、カーペットやラグ、食品包装紙などが挙げられます。
人体への影響
(1)曝露の経路
米国・毒性物質疾病登録庁(ATSDR)*8は、ヒトがPFOSやPFOAに代表されるPFASに曝露しうる経路として、「汚染された飲料水」、「特にPFOSで汚染された海域で獲れた魚類」、「PFASを使用・製造する場所の周辺で生育・栽培された食品」の摂取を挙げています。
一方で、PFOSやPFOAを用いた消費者製品(耐汚染性カーペットや撥水性衣料等)の使用を通じた曝露は、飲料水等を摂取した場合と比べて少ないとされています。
また、汚染された水に接触することで皮膚から吸収される量も限られるとされています。
(2)人体への蓄積
曝露を通じて人体に取り込まれたPFOSおよびPFOAは、永続的に人体に蓄積されるわけではなく、少量ずつ排泄されると考えられています。欧州食品安全機関(EFSA)の見積もりでは、PFOSの半減期は約9年、PFOAは約4年とされています。
(3)健康への影響
これまでの研究結果から、PFOSおよびPFOAの血中濃度が健康被害をもたらしている可能性があることがわかっています。ATSDRのウェブサイトは、脂質異常(コレステロール値の上昇)、肝酵素の変化、新生児の出生体重の減少、子どものワクチン接種の効果減、妊婦の高血圧リスクの上昇、腎臓がん・睾丸がんのリスク上昇につながる可能性を挙げています*9。
これらのうち、発がん性については、世界保健機関(WHO)の外部組織である国際がん研究機関(IARC)が、PFOAを「グループ2B(ヒトに対して発がん性がある可能性がある)」に分類しています。
ただ、「どの程度の量が体に入ると影響が出るのかについてはいまだ確定的な知見はありません」*10とされ、現在も国際的に研究が進められています。
規制
(1)国際的な規制
残留性有機汚染物質の廃絶、削減等を促すための国際的枠組みであるPOPs条約(ストックホルム条約)において、PFOSは2009年に附属書B(製造・使用・輸出入を制限すべき物質)の掲載物質に、PFOAは2019年に附属書A(製造・使用・輸出入を禁止すべき物質)の対象物質になっています*11。
(2)国内の規制
日本国内においては、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)によって、PFOSは2010年に、PFOAは2021年に製造・輸入等が原則禁止されています*12。
考えられる法的リスク
以上で述べたPFOSおよびPFOAをはじめとしたPFASに関連し、事業者の立場から考えられる法的リスクを整理しました。対象地域としては、特に高額の賠償が想定される米国と、多くの事業者に関係する日本を前提としました。
(1)工場の周辺住民からの水質汚染訴訟
製品の製造工程においてPFOSやPFOAを用いた結果、工場排水等を通じて飲料水が汚染され、健康被害を被ったとして、周辺住民から損害賠償を求められるリスクが考えられます。
米国においては、PFOAによる水質汚染を原因とした健康被害を訴える周辺住民が、工場を操業する事業者に対して集団訴訟を提起し、事業者が計6億7,070万ドル(約765億円、当時)の支払いで和解に応じたという事例があります(2017年2月)。
日本においては、今のところ同様の訴訟は確認できていません。ただ、環境省が定めた公共用水域や地下水における暫定目標値(PFOSとPFOAの合算値で50ng/L以下)の超過が全国139地点で確認されています※13。こうした調査結果が訴訟提起につながる可能性は否定できません。
(2)工場の所在する自治体からの水質汚染訴訟
工場排水による水質汚染に関し、事業者が自治体から法的責任を問われるリスクも考えられます。
米国においては、米国内の多数の自治体がPFOSを使用した泡消火剤の製造・販売業者を訴えた訴訟について、最大125億ドル(約1兆8,000億円)を支払う和解案で暫定合意が成立したことが報じられています(2023年6月)。報道によると、和解金は自治体運営の公共水道システムの水質調査や除去設備の導入などに充てられるとのことです。
日本においては現時点では同様の訴訟は確認できていませんが、今後の動向には注意が必要といえる状況です。
(3)消費者からのPL訴訟
PFOSやPFOAを含有する製品の使用によって継続的にこれらに曝露した結果、がんを発症したなどとして、当該製品の製造業者が消費者から製造物責任(PL)に基づく損害賠償を求められるリスクが考えられます。
国内外におけるPFOSやPFOA含有製品の製造物責任を巡る具体的な裁判例は確認できていませんが、参考となりうる事例としてアスベスト含有製品に関する製造物責任訴訟を挙げることができます。
アスベストはIARCによって「グループ1(ヒトに対して発がん性がある)」に分類されているのに対し、前述のとおりPFASに関してはPFOAが「グループ2B(ヒトに対して発がん性がある可能性がある)」に分類されており、単純比較はできません。しかしながら、PFOA等が健康におよぼす影響は現時点では不明な部分もあり、PFOA等が健康に与えるリスクがアスベストより小さいとは言い切れない状況です。
米国における最近のアスベスト訴訟としては、アスベストが混入したベビーパウダーの使用により卵巣がんを発症したとする訴訟に関し、製造業者が原告20人余りに対し21億ドル(約2,300億円、当時)の賠償金支払いを命じられたケースが特筆されます(2021年6月、連邦最高裁)。
国内においては、国や建材メーカーの責任が問われた一連のアスベスト訴訟において、製造物責任が争われています。
(4)工場の労働者からの訴訟
製造工程においてPFOSやPFOAに継続的に曝露した結果、がん等の健康被害を発症したとして、工場での作業に従事した労働者から損害賠償を求められるリスクが考えられます。
これについても、PFOSやPFOAに関する訴訟は確認できていませんが、やはりアスベストの事例が参考となりえます。
米国においては、アスベストを使用した自動車部品の取付に長年従事したことでがんを発症した労働者が勤務先であった自動車メーカーに対し訴訟を提起し、陪審がメーカーに対し2,000万ドル(約24億円、当時)の賠償を課す評決を下した事例があります(2022年3月、ミズーリ州第22巡回裁判所)。
国内においては、前述の一連のアスベスト訴訟において、建材メーカーの責任が認められたケースがあります。
本文で述べたとおり、PFOSやPFOAをはじめとするPFASが人体におよぼす影響は完全にはわかっていません。そのため、PFASに関わる事業者の法的責任がどのような形で問われ、どのような範囲や規模の賠償を負うことになるか、予測が難しい状況にあるといえます。
事業者においては、まずは自社製品やサプライチェーンにおけるPFASとの関わりを改めて整理した上で、必要と判断される場合は専門家や弁護士のアドバイスを仰ぐことによって、リスクに備えることが望ましいといえます。
*1 Per- and Polyfluoroalkyl Substances(ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物)の略称。読みはピーファス。
*3 Per Fluoro Octane Sulfonicacid(ペルフルオロオクタンスルホン酸)の略称。読みはピーフォス。
*4 Per Fluoro Octanoic Acid(ペルフルオロオクタン酸)の略称。読みはピーフォア。
*11 この他には2022年にPFHxSが附属書Aに追加されました。
*12 2023年11月28日の閣議決定でPFHxSも製造・輸入禁止の対象とすることが決まりました。これを踏まえた政令が2024年2月に施行される見通しです。
MS&ADインターリスク総研株式会社発行のPLレポート(製品安全)2023年12月号を基に作成したものです。