労働力人口の高齢化や雇用・就業形態の多様化等の影響から、企業を取り巻く職場の安全衛生のあり方は変化してきています。労働災害(以下、労災)のリスクを把握し、事故防止への取組が求められているといえるでしょう。
厚生労働省が公表している「令和5年 労働災害発生状況」の資料によれば、労災による死傷者数は平成21年(2009年)を底打ちに、増加傾向にあることがわかります。
特に、高年齢労働者の労災は増えており、令和5年(2023年)においては全労働者の死傷者数に占める60歳以上の高年齢労働者の割合は29.3%となっています。職場全体での労災の発生リスクを低下させるとともに、従業員の年令構成に合わせた取組も必要になってくるでしょう。
事業運営に伴う四つの責任
企業は事業運営を行う上で、刑事上の責任・民事上の責任・行政上の責任・道義上の責任の四つを負います。それぞれの概要と影響例についてまとめると、次のとおりです。
企業の責任 | 概要・影響例 |
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刑事上の責任 | 【概要】 法律違反に対する罰であり、罰金や懲役刑が科される。 【影響例】 労働安全衛生法違反(労働安全衛生法)、業務上過失致死(刑法)等 |
民事上の責任 | 【概要】 企業や個人に与えた損害について、主に損害賠償によって金銭的な補償を求められる。 【影響例】 災害補償責任(労働基準法)、不法行為・債務不履行の責任(民法)等 |
行政上の責任 | 【概要】 行政上のルールに違反した場合、行政処分や行政指導、行政罰等を受ける。 【影響例】 作業停止命令や設備等の使用停止命令(労働安全衛生法)等 |
道義上の責任 | 【概要】 社会的責任(CSR)のことを指し、社会的評価や企業のブランドイメージに影響を与える。 【影響例】 指名停止、取引停止、社会的信用の低下等 |
上記のように、企業が事業運営を行うためにはさまざまなルールがあることを把握し、責任が伴っていることを理解しておきましょう。
安全配慮義務違反で企業に生じるリスク
労災における企業の責任については、安全配慮義務に違反することが挙げられます。安全配慮義務は労働契約法第5条に定められた使用者の義務であり、労働者が業務を行うために必要な健康と安全を確保するための配慮が求められています。
企業は労働者の健康や安全について、さまざまな危険から守る責任があることを押さえておきましょう。業務が原因となって死亡やケガにつながる労災が発生した場合、企業は労働者本人やその家族から安全配慮義務違反として裁判を起こされる可能性があります。
また、労災における損害賠償額は高額になるケースが多いといえます。企業側が安全配慮義務に違反していないとしても、その事実を証明する責任は企業側にあるという点に注意が必要です。
労災の防止につながる取組を実施することは、単に取り組まないリスクを減らすだけでなく、さまざまなメリットを企業にもたらす意義が存在します。労働者に対する安全衛生対策は事業者の責任ですが、積極的に取り組んでいくことによって企業価値の向上や強い組織づくりにつながる面があるでしょう。
どの労働者にとっても、安全で安心して働ける職場であれば、自ずと業務の生産性向上にもつながっていきます。また、企業イメージが高まることで、新たな人材の確保にもプラスになる部分があるはずです。
労災を防止するための取組を通じて、人的資本の投資に前向きな姿勢を打ち出せるでしょう。
労災の背景となる要因は四つのMに分類することができます。また、これら背景要因の根源には経営トップの姿勢を含む安全管理活動の欠陥が存在しています。これらの背景要因が、作業環境や設備機器の「不安全状態」や、人の「不安全行動」につながり、結果として事故を誘発し、人が介在すれば労災となります。
背景となる要因 | 概要 |
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人間的要因 (Man) | 作業者の身体的・心理的な要因、作業能力的な要因(人間がエラーを犯すヒューマンファクター) |
機械的・設備的要因 (Machine) | 設備・機器・器具固有の要因(機械設備等の設計上の欠陥、危険防護不良、人間工学的配慮不足など) |
作業的要因 (Media) | 作業者に影響を与えた物理的、人的な環境の要因(作業に関する情報、作業方法、作業環境などの不適切) |
管理的要因 (Management) | 組織における管理状態に起因する要因(予算、経営方針、作業計画、社内安全規則・規程の整備、教育訓練など) |
労災の背景要因への対策を検討する際に、5E(教育・訓練、技術的・工学的方策、強化・徹底、事例提示、作業環境)の観点を用いて検討を加える方法があります。労災事故発生後の再発防止策や類似事故の防止策を検討する際に、網羅的に検討する際の有効な方法の一つです。
背景要因への対策 | 概要 |
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教育・訓練 (Education) | 業務を安全に実施するための知識、意識、技術の教育 |
技術的・工学的方策 (Engineering) | 事故・トラブルの要因となった設備機器上の要因を改善するための、機器や設備、工程への対策(例:設計の改善、安全機能の多重化、フールプルーフ化など) |
強化・徹底 (Enforcement) | 業務内容の定型化や、業務の簡素化、手順の明確化を行うことや、危険予知活動などによる危険個所の抽出と事故防止策の実施 |
事例提示 (Example) | 危険個所や事故情報、模範的な業務手順等に関する具体的な事例の提示と情報共有化 |
作業環境 (Environment) | 照明、温度、湿度、作業スペース等の作業環境の改善 |
安全衛生管理に関する意識が従業員一人ひとりに浸透し、日常業務としてスムーズに実践されている企業では、経営者が自ら先頭に立って、各職場の監督者や作業者を指揮しています。企業規模の大小を問わず、いかなる経営状況であろうと安全衛生対策には真摯に取り組むことが求められています。
また、一般に、安全衛生は設備や作業方法を効率的かつ適切な状態に保つことと無関係ではなく、安全衛生の問題は品質、生産性を高める上でも不可欠な要素であるといえます。
安全管理のポイント
1.経営層、管理者は自己の統括している組織に対して、安全管理の基本方針を明らかにする。
2.安全管理の基本方針に基づいて具体的な目標を示した安全管理計画を作成して、その実践を計画的に進める。
3.安全に関して各ラインの管理・監督者の責任と権限を明確にする。
4.安全管理部門の役割と職務を明確に定めて、安全取組を推進する。
5.生産活動・事業活動と安全取組が一体となって実践されるよう、マニュアル・規程類を整備する。
6.同一構内で協力会社等と一緒に生産活動・事業活動を行う場合は、協力会社等も含めた安全管理と、安全活動の推進を行う。
労災の防止を図る場合、既に発生した災害事例に基づいて対策を講じるだけでは、十分とはいえません。多種多様な機械設備や化学物質等が使用されるようになり、技術的な変化も短期間で生じやすい近年の環境下では状況変化に十分に対応しきれず、事故発生に至っていない潜在リスクへの対応が講じられない可能性があります。
そのため、潜在的なリスクを事故発生前に検討、抽出して、リスクを除去、低減する対策が必要になります。
潜在リスクの特定・除去・低減する方法例
ヒヤリ・ハット | もう少しでケガをするところだったなど、「ヒヤッ」「ハッ」とした事例を収集して、改善策の実施や安全教育での活用などを行うもの |
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リスクアセスメント | 対象とする作業等について、想定されるリスクを網羅的に抽出し、発生確率・影響度等を評価した上で、許容範囲なレベルになるように対策を講じるもの |
危険予知 | 危険予知を通じて現場で潜在リスクを洗い出し、リスクアセスメントで除去できなかった残留リスクも含めて、現場での対策を講じるもの |
各方法で抽出したリスクに対して対策を講じる場合の優先順位の考え方の一例として、次があります。保護具着用などの担当者個人の取組だけに頼らず、技術的・工学的対策など、組織的に労災防止策を講じていくことが重要になります。
【参考資料】
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冊子「企業に求められる安全配慮義務~企業の存続・繁栄を目指して~
労働災害の判例と労働災害発生状況、企業に求められる安全配慮義務や労働災害が企業に与える影響と対策について、事例を交えながら分かりやすく解説しています。
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