ソーシャルインフレーション ―その現状、要因と今後の展望― ①

公開日:2024年7月24日

その他

はじめに

世界的なインフレーション(物価高)が企業活動や消費者の生活に影響を及ぼす一方で、保険業界を中心に注目を集めているもう一つのインフレーションがあります。

すなわち、「ソーシャルインフレーション」と呼ばれる現象です。ソーシャルインフレーションについて統一された定義はありませんが、一般には「(損害賠償責任保険の)保険金支払いが一般的な経済的インフレーションを上回って上昇すること¹」とされています。この現象は米国を中心に欧州や豪州など他の地域でも発生しているといわれています。

その背後には、賠償額や訴訟費用の高額化や訴訟件数の増加があるといわれており、製造物責任(PL)をはじめとする損害賠償リスクを有する事業者にとって、見過ごせない現象です。
そこで、今回より4回にわたってソーシャルインフレーションについて取り上げ、その現状と要因、今後の展望についてみていきます。

ソーシャルインフレーションの現状

(1)いつから起きているのか

ソーシャルインフレーションそのものは新しい現象ではありません。米国の著名投資家であるウォーレン・バフェットは、株主に向けた1977年の手紙でソーシャルインフレーションがもたらす影響に言及しています²。
再保険会社スイスリーの資料によると³、1970年代後半のほか、1980年代半ば、2000年代半ばにおいて、賠償請求の代理変数(紫色の曲線、1975年前後では15%超)が消費者物価指数(紺色の曲線、1975年前後では5%程度)を大きく上回っており、これらの時期においてソーシャルインフレーションが起きていたと考えられます。

また、現在のソーシャルインフレーションは2019年ごろから発生しているものと捉えられます。上掲グラフで示されているとおり、2019年から2023年までの5年間においては賠償請求の上昇が16%であるのに対し、物価上昇は4%と差異が生じており、両者の差は年々拡大しています。

(2)どこで、どのように起きているのか

ソーシャルインフレーションは、米国において顕著といわれます。

その背景の一つとして、1,000万ドル(約15億円)を超える「Nuclear Verdict(核評決)⁴」の規模および頻度の増加が指摘されます ⁵。

米国商工会議所の調査 によると⁶、2010年から2019年までの10年間で核評決の中央値は27.5%上昇し、核評決の件数も増加傾向にあるとされています。

また、核評決が出された分野をみると、製造物責任がもっとも多く23.6%となっており、次いで自動車賠償責任(22.8%)、医療賠償責任(20.6%)という順になっています。核評決の規模(中央値)をみても、製造物責任がもっとも大きく1億9,160万ドルであり、自動車賠償責任(3,680万ドル)、医療賠償責任(3,380万ドル)を大きく上回っています。

これらのデータから、製造物責任分野における核評決が全体的な核評決の規模および頻度に影響を与えている可能性が考えられます。

一方で、核評決以外にも、ソーシャルインフレーションとの関連が考えられる要素を挙げることができます。

一つは、和解金額です。次の表に示すとおり、過去数年においては集団訴訟に関して100
億ドルに匹敵する規模で和解がなされた事例が相次いで報じられています。

もう一つは、訴訟件数です。次のグラフは製造物責任に限ったものですが、連邦地方裁判所に提起された訴訟件数を示したものです。1985年以降、概ね増加傾向にあることが読み取れます。なお、2020年に24万件超と大幅に増加していることが目を引きますが、このうち約20万件は特定製品(軍用耳栓等)に関する訴訟であり、大幅増は一時的なものではないかと考えられます。

おわりに

核評決の規模および頻度の増加、大型和解事例の続出、訴訟件数の長期的な増加傾向は、米国特有の法制度(民事陪審制度、懲罰賠償制度、クラスアクション、弁護士成功報酬制度など)を背景としつつ、社会、経済の要因も相まって生じています。
次回は、社会および経済の要因に着目し、その内容を詳述します。

【参考情報】

¹トーア再保険株式会社「再保険用語集」より引用(https://www.toare.co.jp/img/knowledge/pdf/glossary_sa.pdf?2023)
²国際海上保険連合 “Social inflation: An American phenomenon with international implications”に基づく(https://iumi.com/news/iumi-eye-newsletter-march-2021/social-inflation-an-american-phenomenon-with-international-implications)
³スイスリー “US liability claims: the shadow of social inflation still looms”より転載(https://www.swissre.com/institute/research/sigma-research/Economic-Insights/us-liability-claims.html)
⁴壊滅的な影響をもたらすことからこのように称される
⁵全米保険監督官協会(NAIC) “Social Inflation”における指摘(https://content.naic.org/cipr-topics/social-inflation)
⁶米国商工会議所不法行為改革委員会 “Nuclear Verdicts: Trends, Causes, and Solutions” P6~9に基づく(https://instituteforlegalreform.com/wp-content/uploads/2022/09/NuclearVerdicts_RGB_FINAL.pdf)
⁷新聞報道に基づき弊社作成
⁸連邦裁判所事務局 “Table 4.5 U.S. District Courts—Product Liability Cases Commenced, by Nature of Suit”に基づき弊社作成(https://www.uscourts.gov/data-table-numbers/45)

MS&ADインターリスク総研株式会社発行のPLレポート(製品安全)2024年6月号を基に作成したものです。

関連記事

中企庁、下請法の執行強化に言及 価格交渉促進月間フォローアップ調査結果

2024年10月16日

その他

障害者雇用に関する制度面の対応

2024年10月4日

その他

食品安全マネジメントシステムFSSC22000 V6への対応における留意点

2024年10月2日

その他

内閣官房関係閣僚会合「機能性表示食品制度等に関する今後の対応」を取りまとめ

2024年9月20日

その他

フリーランス・事業者間取引適正化等法の施行に向けた関係政令等の公表

2024年9月13日

その他

おすすめ記事

ヒヤリハットとは?事例と注意点を解説

2024年10月7日

事故防止

Z世代とは?基本的な特徴と働き方、消費行動を解説

2024年9月30日

人手不足

建設業の2024年問題とは?課題となるポイントと対策を解説

2024年9月9日

人事労務・働き方改革

OJTとは?意味や教育の流れ、成功させるポイントを紹介

2024年9月2日

人材育成

SDGs達成度、日本は7年ぶりのランク上昇で過去最低挽回も、ジェンダーなどが深刻課題のまま

2024年8月28日

SDGs

週間ランキング

休職中の社員の社会保険料負担

2023年7月28日

人事労務・働き方改革

お客さまは神様ではない!?カスハラの実態 企業はどう対応すべき?

2024年6月21日

人事労務・働き方改革

今こそ求められる、企業における睡眠対策 ~健康づくりのための睡眠ガイド2023を踏まえて~

2024年10月11日

健康経営・メンタルヘルス

過剰に主張するハラハラとは!?具体例と対策について

2024年9月6日

人事労務・働き方改革

弁護士が解説!企業が問われる法律上の賠償責任とは ~店舗・商業施設における訴訟事例~

2024年5月15日

その他