自然災害時の避難に関する実態と意識について~アンケート調査結果より~

公開日:2023年9月1日

自然災害・事業継続

■ 自治体から警戒レベル4の避難情報(当時の避難勧告・避難指示)が発令された自然災害の発生時に、自宅にいたとした回答者のうち、自宅外に避難をしたのは16.9%であった。この値(自宅外避難率)を自然災害種類別にみると、地震の場合36.3%、風水害の場合5.7%と、6倍を超える開きが見られた。
■ 自宅以外の場所に避難したきっかけ、要因は「自己判断」が約5割で最も多く、「周囲からの呼びかけ」(28.4%)、「行政からの避難情報」(20.6%)がそれに続く。
■ 自宅外に避難しなかった理由については、「自宅は安全だと思った」とする回答が過半数で最も多い。また、4人に1人が「自分は被害に遭わないと思った」と回答している。
■ 「自分は被害に遭わないと思った」の回答者を「正常性バイアス」が働いたと見なして分析した結果、「自分は被害に遭わないと思った」の回答率は各年代を通じて女性よりも男性の方が高いという結果となった。
■ 全回答者の65.7%が金銭の給付は避難の「動機づけになる」と回答した。この回答率は若年層において高く、高齢層において低い傾向が見える。
■ 自然災害発生時の市民の避難行動は、人的被害を軽減するために重要であり、関連する研究が重ねられているものの、避難の意思決定行動のメカニズムはいまだ解明の途上にある。今後も研究が必要な分野である。

調査の目的・背景

自然災害発生時の市民の避難行動は、人的被害を軽減するために重要です。内閣府が作成した「避難情報ガイドライン」には、「自らの命は自らが守る」という意識を持ち、自らの判断で主体的な避難行動をとることが必要とされています。しかし、同ガイドラインの理想ほどには個々人の避難に対する意識は一様ではありません。実際に過去にわが国で発生した自然災害において、自治体より避難情報が発令されていながら避難をしなかった、あるいは避難が遅れた人々が被災したケースはいくつも指摘されています。


このような背景の下、MS&ADインターリスク総研は、過去にわが国で発生した自然災害によって、自治体から警戒レベル4の避難情報(当時の避難勧告・避難指示)が発令された地域住民の避難行動の傾向を探るべくWebアンケート調査を実施しました。ここではその結果を紹介するとともに、災害時の人的被害を軽減するための避難行動を促進する施策について考察します。

調査の概要

(1)調査実施期間

2022/10/6(木)~10/14(金)

(2)調査方法、調査対象者

Web形式でアンケート調査を実施。調査対象者(回答者)は、以下の自然災害の被災地域より抽出した合計1,000名。いずれの自然災害においても被災地域の市区町村より警戒レベル4の避難情報 (当時の避難勧告・避難指示 )が発令されています。

①風水害(650名)

  • 2020年7月豪雨(熊本豪雨)(地域:熊本県人吉市、球磨村他)200名
  • 2019年10月台風19号(令和元年東日本台風)(地域:福島県中通り、長野県長野市他)200名
  • 2018年7月豪雨(西日本豪雨)(地域:岡山県倉敷市他)250名

②地震(350名)

(3)回答者の属性

①性別・年齢

②職業

調査結果

(1)自然災害発生時にいた場所(自宅、自宅以外)

今回のアンケート調査では、自然災害発生時に自宅にいた回答者は全体の83.3%でした(図表1)。

(2)自宅にいた人が被害を避けるため避難や移動をしたか

前項で「自宅にいた」と回答した人に対し、被害を避けるために避難や移動をしたかを聞きました(図表2)。自宅にいる状態で、市区町村から警戒レベル4の避難情報が発令されるほどの自然災害に対して、避難行動をとらなかった回答者の割合は65.8%となっています。なお、警戒レベル4の避難情報の発令においては、「全員が速やかに危険な場所から避難する」ことを求められています。

なお、今回のアンケート調査では、風水害と地震の被災地域の住民を対象としています。そこで、ここでは自然災害の種類(風水害と地震)別に集計を行いました(図表3)。「自宅以外の場所に避難をした」と回答した人の割合(自宅外避難率)は地震の場合で36.3%、風水害の場合で5.7%と、開きが見られました。

(3)移動や避難をしなかった人や、自宅内で移動した人は、なぜ自宅外に避難しなかったか

前項で「特に移動や避難をしなかった」および「自宅内の安全な場所に移動した」とした回答者にその理由を聞きました(図表4)。いずれの回答者も「自宅は安全だと思った」とする回答が最も多かったです。いうまでもなく、自然災害時の危機回避行動においてとにかく自宅の外に出れば安全という事はありません。自宅内の安全な場所に移動することも一つの適切な避難行動です。

理由のうち、「避難所の環境について不安だったから」については、「自宅内の安全な場所に移動した」の回答者が16.0%、「特に移動や避難をしなかった」の回答者が7.3%と、差異が見られました。また、「特に理由はない」については、「自宅内の安全な場所に移動した」の回答者が2.8%、「特に移動や避難をしなかった」の回答者が15.1%でした。

(4)自宅以外の場所に避難した人はどこに避難したか

「自宅以外の場所に避難した」回答者に、避難先を尋ねました(図表5)。最も多かった避難先は「自治体が開設した避難所」でした。「その他」は、自家用車内、コンビニ・スーパーなどの駐車場等が9割以上でした。これらの回答者は、自家用車で安全と考えられる場所へ避難したことが窺えます。

(5) 自宅以外の場所に避難した人の避難のきっかけ、要因

「自宅以外へ避難した」回答者に、避難のきっかけを尋ねました(図表6)。回答者141名の総回答数は192、1名当たりの回答数は1.36でした。つまり、回答者が避難をしたきっかけ、要因は平均で1を超えます。

最も回答が多かったのが「自己判断」(49.6%)で、「周囲からの呼びかけ」(28.4%)、「行政からの避難情報」(20.6%)がそれに続きます。「別居している家族・知人からの薦め」(11.3%)や「防災組織などからの呼びかけ」(7.8%)よりも、「周囲からの呼びかけ」の回答が多いです。避難の意思決定においては、同じ境遇にいる隣人の言葉が説得力を持つことが窺えます。

(6)金銭の給付は避難をする動機づけになるか

自宅外、自宅内を問わず、自然災害から身を守るためには臨時の追加費用が発生する可能性が高いです。例えば、あらかじめ避難行動のために一般的に販売されている防災グッズを購入しようとすれば、そのセット価格は10,000円/人程度です。避難した際に金銭の給付があれば、万が一の際に迷うことなく避難を決断できるでしょうか。本調査ではこの点について回答者全員に聞きました(図表7)。その結果、65.7%が金銭の給付は避難の動機づけになると回答しました。

さらに、上記の設問について、図表2にある自然災害発生時に自宅にいた回答者(833人)の避難行動別に集計しました(図表8)。その結果、「特に移動や避難はしなかった」回答者の58.9%が金銭の給付は「避難の動機づけになる」と回答したことがわかりました。この値は、「自宅内の安全な場所(2階など)に移動した」(68.8%)及び「自宅以外の場所に避難した」(72.3%)より低いものの、金銭の給付によって、本来は避難しない人のうち過半数の行動変容が期待できることを示唆している点で注目に値します。

考察

国立防災科学研究所によれば、避難行動は、①危険の発生と接近の認知、②避難の必要度・コストの評価、③避難の意思決定、④避難先・経路・時期・手段の選択、⑤避難行動の遂行というプロセスをたどるといいます。本章では本調査の結果と上記の避難行動プロセスを「阻害する要因」と「促進する要因」について考察します。

(1)地震と風水害の自宅外避難率の違いについて

本調査では、図表3にあるように、自宅外避難率は地震の場合で36.3%、風水害の場合で5.7%と、開きが見られました。そこで、ここでは図表6の回答者が避難をしたきっかけについて自然災害の種類(風水害と地震)別に集計しました(図表9)。

地震で自宅外に避難した回答者の最も多い回答が「自己判断」(55.0%)です。一方、風水害で自宅外に避難した回答者の最も多い回答は「行政からの避難情報」(43.3%)でした。これらから、自宅で地震に遭った回答者の多くは自らの直感(自己判断)に従って行動をとったことが窺えます。

風水害の場合は、発生前に天気予報や河川の水位などの情報が得られることから、地震の場合に比べて避難行動プロセスに一定の時間が確保できる ことが考えられます。地震の場合は発生前に確度の高い情報は得られないため、避難行動プロセスに時間をかける余裕はありません 。また、国立防災科学研究所によれば、目視できて身体で感じとれる自然災害では避難行動が促進されるといいます。地震と風水害の自宅外避難率の差はこれらの点にあったことが考えられます。

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