下請法から取適法へ。改正で、何がどう変わる?(第1回)

公開日:2025年12月12日

法改正

2026年1月1日から「下請法(下請代金支払遅延等防止法)」が改正され、通称「取適法(中小受託取引適正化法)」として施行されることになりました。

正式には「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」という法律です。この法改正は単なる名称変更にとどまらず、事業者間取引を大きく変える法改正となります。

本号から3回にわたってこの法改正について解説していきます。第1回は法改正の背景と概要です。

この法改正はひと言で言えば、中小事業者の保護を強化し、サプライチェーン全体で公正な取引慣行を促進することを目的としています。事業者間取引の抜本的な見直しへの理解を深め、2026年への準備を進めていきましょう。

主な変更点(法改正のポイント)の整理から

1.適用対象が拡大されます
下請法では「資本金」基準によって対象事業者が決まっていましたが、加えて、「常時使用する従業員の数」を基準とする「従業員基準」が導入されます。下請法の対象外であった事業者間取引が規制対象となることになります。また、対象取引に「特定運送委託」が追加されるなど、対象も拡大されます。

2.新たな禁止行為の追加が行われます
事業者間取引の支払いが厳格化されます。「協議に応じない一方的な代金決定の禁止」、「手形払い等の禁止」、「振込手数料を負担させることの禁止」です。

3.法執行の強化が行われます
公正取引委員会や中小企業庁に加え、事業所管省庁にも指導・助言の権限が付与されます。業界ごとの実態に即した監督体制が構築されます。

法改正が行われる背景

この改正は、政府が推進する「構造的な価格転嫁」の実現に向けた強力な施策です。特に中小企業にとって負担が大きい労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇分を適切に取引価格へ反映させることを法律面で支え、中小企業が賃上げを行うための原資を確保できるように環境を整えることが狙いとされています。

すべての委託事業者にとって、本改正への対応は喫緊の経営課題となるでしょう。自社の取引が新たに対象となる可能性を精査し、契約書の内容、価格交渉プロセス、支払方法を全面的に見直す必要が生じるためです。

この法改正への対応が遅れると、行政指導や勧告、さらには企業名の公表といった重大なコンプライアンスリスクに直結することになり得ます。

法改正の内容とその目的

1.「下請法」から「取適法」へ

1956年(昭和31年)に下請法は制定されました。独占禁止法の補完法として、下請事業者の利益保護を目的とするための法律です。しかし、近年の急激なコスト上昇局面において、価格転嫁が円滑に進まず、相対的に立場が弱い中小企業の負担が重たくなっていることが重要な課題となっていました。

これを受けて、政府は「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」などを通じて、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させる「構造的な価格転嫁」の実現を最重要課題と位置づけ、さまざまな対策を進めてきました。

今回の法改正は、この方針を法制度として具体化し、価格転嫁を阻害する商慣習を是正することによって、中小事業者の取引適正化を一層推進することをその目的としています。

2. 用語の変更

法改正に伴って、取引当事者間の対等な関係を前提とする商慣習を進めるためにも、主要な用語が以下のように見直されます。

適用範囲の拡大

今回の改正で最も影響が大きい変更点の一つです。取適法においては適用対象となる事業者および取引範囲が大幅に拡大されています。

1. 「従業員基準」の新設

これまで下請法では、適用となる対象が取引当事者の「資本金の額」のみで判断されていました。しかしながら資本金は意図的に操作が可能であり、事業規模は大きいものの減資によって対象外となる、あるいは受託者へ増資を求めて対象外とする、などの方法によって規制を回避するケースが問題視されていました。

そのため、取適法では、これまでの資本金基準に加え、新たに「常時使用する従業員の数」による基準が導入されます。これにより、資本金の額にかかわらず、従業員数によっても法の適用対象となることとなります。具体的な適用基準は下記のとおりです。

出典:公正取引委員会・中小企業庁資料「中小取引適正化法ガイドブック」から抜粋

この新基準により、これまでは下請法の対象外であった企業であっても、委託事業者として法的な義務を負うこととなる可能性があります。まずは自社の取引関係について再点検を行って対象の有無を確認することをお勧めします。

2. 対象取引の追加

これまで下請法では、発荷主から元請運送事業者への運送委託が対象外であり、製造委託においてもその範囲が限定的でした。このため、運送に関しては付随する業務(荷役や荷待ち)の、製造に関しては製造道具(木型や治具)製造業務の、適正な賃金収受が困難になるケースがありました。そのため、取適法では適用対象となる取引類型も拡大されることとなりました。

・特定運送委託の追加とは
荷主が運送事業者に対して行う運送委託が取適法では対象となります。これにより、物流業界で問題となっていた荷待ち時間の負担や不当な運賃設定といった商慣行への是正が期待されています。

出典:公正取引委員会・中小企業庁資料「下請法・下請振興法改正法の概要」から抜粋

・製造委託の範囲拡大
また、これまで対象であった「金型」製造に加え、「木型」や「治具」など、製品の作成に用いられる道具の製造委託についても取適法では対象に含まれることになりました。

新たな禁止行為と義務の強化

取適法では、現代の取引実態に合わせ、禁止行為が追加・明確化されます。委託事業者には「4つの義務と11の遵守事項」が課せられます。

出典:公正取引委員会・中小企業庁資料「取適法リーフレット」から抜粋

1. 協議に応じない一方的な代金決定の禁止

本改正における最も画期的な変更点であり、価格交渉のプロセスそのものに焦点を当てた規制となります。対象となる中小受託事業者から労務費や原材料費の高騰などを理由に代金額に関する協議の申し出があったにもかかわらず、委託事業者がこれに応じず、一方的に代金額を決定し据え置くことを禁止するものです。

禁止される行為の例:
・受託事業者からの価格引き上げ要請を無視、拒否、または回答を引き延ばす行為。
・価格転嫁をしない理由を書面等で回答することなく、従来通りの価格を維持する行為。
・価格引き下げを要請する際に、具体的な理由や根拠資料を提示することなく一方的に決定する行為。

この新ルールは、例えば、ソフトウェア開発における「仕様変更かバグ修正か」といった曖昧な領域での協議拒否や、受託事業者のコスト上昇負担を無視した価格据え置きなどに対して、受託事業者が協議の場を設けることを法的に要求できる強力な根拠となります。

2. 手形等による支払いの禁止

中小企業の資金繰りを長年圧迫してきた商慣習を是正するため、支払方法に関する規制が強化されます。具体的には、役務提供や完成品の受領日から60日の支払期日までに、受託事業者が代金の満額を現金で受け取ることが困難な支払方法を設けることが「支払遅延」に該当すると明確化されました。

したがって、支払いサイトが60日を超える約束手形の交付や、割引料等の負担が生じる電子記録債権や、一括決済方式による支払いは、禁止されることになります。

3.振込手数料を負担させることの禁止

中小受託事業者との合意の有無にかかわらず、振込手数料を中小受託事業者に負担させ、製造委託等代金から差し引くことは違反になります(「減額」に該当します)。

4. 既存の禁止行為に関する近時の動向

公正取引委員会は、取適法の施行に先立ち、既存の下請法違反行為に対する取締りを活発化させています。特に以下の行為は重大な違反と見なされる傾向が強いため注意が必要です。

・下請代金の減額
発注後に、受託事業者の責めに帰すべき理由がないにもかかわらず代金を減額する行為が該当します。受託事業者との書面による合意があっても違法と判断されるケースが多く、「割戻金」「協力金」といった名目での差し引きや、新単価を遡及して適用するケースは典型的な違反事例とされています。

・買いたたき
通常支払われる対価に比べて著しく低い額を不当に定める行為が該当します。昨今のコスト上昇局面では、発注者側から積極的に価格交渉の場を設け、コスト上昇分の価格転嫁について明示的に協議することが求められています。協議なく価格を据え置くことは買いたたきに該当するおそれが高いと理解してください。

・不当な経済上の利益の提供要請
特に自動車産業等の製造業で問題となっているのが、量産期間終了後の「型の無償保管」です。保管・メンテナンス費用を考慮せず、サプライヤーに無償で型を保管させる行為について、公正取引委員会による勧告・社名公表の対象となる事例が増加しています。

次号(第2回)では、「法執行の強化と企業における具体的対応」について解説します。

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