6,000人を集める「防災フェス」仕掛け人に聞いた! 中小企業の「BCP戦略」ファーストステップのマインドセット
公開日:2025年2月10日
自然災害・事業継続

地震・台風・豪雪などの自然災害、感染症蔓延、サイバーリスクなどの緊急的な事業環境の変化に備える「BCP(事業継続計画)」。日本では策定済みの企業がいよいよ4割に迫り、企業活動のなかに根付こうとしています。
しかしながら、BCPは相応のコストがかかり、短期的な実利とは相反する面も。特にビジネス環境が不安定な中小企業にとっては何から手を付け、どのように継続すべきかをイメージすることは簡単ではありません。
そこで、MSコンパスでは中小企業として先進的なBCPの取り組みを続ける達人にインタビュー。業種を問わず役立つ「BCPの第一歩」の心構えと実践について伺うことにしました。
今回のゲストは東京都江戸川区葛西エリアに拠点を置くトライチャーム株式会社代表取締役の彦田氏。社員数20名に満たない地域密着型の損害保険代理店でありながら、企画した地域防災イベントに約6,000人を動員、著名人や消防署、警察、自衛隊まで参加しています。
そこには自社防衛や社会貢献のみならず、企業の経営戦略とも密接に結びついたBCPの可能性が開けていました。
プロフィール
彦田 好之 氏

トライチャーム株式会社 代表取締役
・MSプロフェッショナル認定制度 AAAランク
・葛西消防団 副団長
・防災士
江戸川区では「防災」がエンターテインメントになっていた!

ーー 江戸川区の地域防災イベント『えどがわ防災フェア2024』の活況に驚きました。子供から大人まで、地域住民が楽しみながら防災を学んでいますね。飲食店も出店し、まるでお祭りのようです。
2023年には約3,000人、2024年には約6,000人の来場がありました。参加企業・団体による「防災・減災」への取組を紹介するだけでなく、ステージで少年消防団のAED実演や地域で活動する団体の太鼓やダンス・演奏、2025年にはプロレスラーの蝶野正洋さんの防災についての講演、自衛隊による演奏なども予定しています。
ーー 地元消防署・警察のほか、自衛隊や海上保安庁まで参加しています。自治体あげてのイベントの企画に御社も関わっていると。
そう思うでしょう?
でも『えどがわ防災フェア』の主催は市や区ではありません。民間の企業(JCOM江戸川・三和商事)と葛西消防団が実行委員会として仕切っていて、地元関係者の助け合いでの運営です。実は、最初は当社トライチャームに話が来て、「3社でやりましょう」という話だったのですが、消防団の周知を考え「葛西消防団として参加させてもらいたい」と要望し、実行委員会ができました。なので、私は葛西の消防団としてそこに関わっているという形です。ちなみに、当社トライチャーム株式会社も毎年ブースを出し協力しています。行政には協力は得ますが、補助金も一切もらっていないんです。ほしいけど(笑)。だからこそこんなに自由に企画・構成できている部分があります。

『えどがわ防災フェア』では、ゲーム感覚で防災を学び交流できます。
どうして民間だけで、しかも「防災」という公的なテーマで大規模イベントが打てるのか、そもそもなぜ企画したのかとよく聞かれます。そこには当社が考えている企業経営と「BCP」の関係という大きなテーマがあるわけです。BCPは、企業が各自のビジネスを守るために策定するものという認識があります。確かにその通りですが、見方を変えればもっと広い可能性が見つかります。その実践の一つとして『えどがわ防災フェア』を仕掛けているんです。
海抜0メートル地帯 コロナ禍で崩れ去った地元意識
ーー 近年の調査では、企業がBCP策定に乗り出した割合は約4割。策定が必要だと思う割合は54.6%です(日本商工会議所・2024年2月調査)。トライチャームがBCPに取り組みはじめた経緯は。
当社は社員数17名の損害保険代理店です。1961年に私の祖母が創業し、私は3代目にあたります。本格的にBCP策定に乗り出したきっかけはコロナのパンデミックでしたが、その前から地域防災には関わっていました。
というのも、当社がビジネスを行う江戸川区葛西エリアは、いわゆる「海抜0メートル地帯」。東京都内でも災害リスクがきわめて高い地域なんです。そうしたこともあり、地元には自治会と密接に結びついた住民有志の消防団があります。私も26歳のときに消防団に所属し、いまは副団長を務めています。

ーー もともと自主防災の意識が高い土地だったんですね。
そうです。長い歴史を持つエリアなので、現在も250名ほどの消防団員が在籍しています。その中に地元でビジネスを行う企業人が個人で入っていることも珍しくありません。町内会はお祭りや運動会・古紙回収など仕切り、消防団も防災を通じて地域を結びつける、昔ながらの住民主導の自治の役割を持っています。
その組織が一気に崩れたのが、実はコロナ禍だったんですよ。人流が制限され、町内会の集会も停止。そうなると「なんで集まりもないのに町内会費を払わないといけないのか」といった不満の声が聞かれるようになりました。
長年培われてきたはずの地元意識は「対面コミュニケーション」が失われるとこんなにも脆く崩れるのかと。
ーー 当時は日本各所の地元コミュニティで見られた危機ですね。特にご高齢の住民にはインパクトが大きかったのではありませんか。
ええ。びっくりしつつ、これはまずいことになったぞと思いました。なんとか住民のコミュニケーションを保って、所属意識を下げない方法を考えなくてはならないと考え、思いついたのが消防団が行っている「防災」の活動でした。コロナ禍でもそうでなくても、防災対策は欠かせません。それなら、防災を軸に地域を活性化させるのが良いのではないでしょうか。
損害保険代理店の使命は「お客さまに生き延びてもらう」こと
ーー 「防災」は、パンデミック中にも地元意識を守るための活動でもあったのですね。しかし、なぜ彦田社長とトライチャームが先頭に立たれたのですか。
私自身が消防団の副団長だったことは大きいです。生まれ育った葛西で結婚して子供が生まれ、家族が安全な環境で過ごしてほしいという願いも強いです。
同時に当社は「損害保険代理店」。有事から立ち直るための商品を扱うビジネスを数十年、地域に根差して行ってきましたた。いまも「地域密着100年企業」という経営理念を掲げて、住民にとって欠かせない存在になりたいと考えて活動しています。
そうであれば、当社のお客さまが非常事態から「生き延びる」方法を教えるのも役割ではないかと考えました。
ーー 損害保険代理店が、自社だけでなく地域全体の防災活動に関わるケースは非常にまれです。

確かに異色ではあります。しかし考えてみれば当然のことではないでしょうか。
例えばタクシー会社は、ドライバーに必ず安全運転講習を受けさせますよね。ほとんどの会社は、自社の商品やサービスを使う方には安全で最適な使い方を教えるものです。損害保険を使うのは、非常時に損害を被ったお客さまです。お客さまが生きていないと損害保険は役に立たない。生きているからこそ復興できるわけですから、防災力を上げるのは保険代理店の仕事のうちじゃないかと思いました。
ーー その点では、メディアとしてBCPのノウハウを発信してきたMSコンパスも同じ思いです。記事を読んだ方に提供している「企業の防災チェックシート」や「3日分オフィス防災セット」「車載用備蓄品セット」等の防災関連サービスもよく利用されています。
そうですよね。保険商品は契約して終わりではありません。そこで2021年ごろから、テレワーク導入やサイバーセキュリティ等の一般的なBCPだけでなく、消防団の一員として地域の防災の関わりを強めながら、Youtubeで地元の飲食店を紹介するなどのローカルな情報発信をはじめました。
自治体にすべて頼るのではなく、自助で地域を守っていくという絆から生まれた取組の一つが、最初にお話しした防災イベントです。

中小企業が取り組むべき、地域貢献やSDGsと連動した地域防災の第一歩
ーー BCPが経営の中核に据えられているとも言える、ダイナミックな企業活動だと思います。しかし多くの中小企業は、彦田社長のような長年地域に根を下ろしてきたビジネスばかりではありません。
たしかに、私には「葛西」というバックグラウンドがあったから大がかりな取組ができている部分があります。BCPにはコストも時間もかかる一方で、その場で利益になるものでもないですからね。
ーー BCPが必要と感じてはいてもスタートの方法がわからない経営者も多い状況ですが、どこから手を付ければいいのでしょうか。
