ビジネスと人権とは?人権への配慮が取引・採用に与える影響と最初の一歩

公開日:2026年11月5日

人事労務・働き方改革

人権

近年、ニュースや企業の統合報告書など、さまざまな場面で「ビジネスと人権」という言葉を目にするようになりました。「人権問題なんて、大企業や海外展開している企業の話だろう」「うちのような中小企業には関係ない」と思われるかもしれません。
数年前までは“自分事”として捉えにくい領域でした。しかし今、ビジネスを取り巻く環境は急激に変化しています。「人権」への配慮を怠ることは、中小企業にとっても重大な経営リスクになり得ます。逆に言えば、早い段階から対策を進めることは、競合他社に大きな差をつけて、優秀な人材や取引先から選ばれ続けるための強力な武器にもなるのです。
今回は、なぜ今「ビジネスと人権」なのか、そして中小企業がこれに取り組むことがいかに自社の成長や組織力強化につながるのかを解説します。

ビジネスと人権とは?中小企業にも求められる理由

「ビジネスと人権」とは、2011年に国連人権理事会にて全会一致で支持された「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、指導原則)」に基づき、企業活動を通じて人権を侵害しないようにし、悪影響が生じた場合には適切に対応するという考え方です。

ここで重要なのは、これがグローバル企業だけの話ではないという点です。指導原則では「企業規模を問わず人権尊重が期待される」ことが示されており、近年はそれが各国の法規制や取引先の調達基準として具体化しています。結果として、中小企業もサプライチェーンの中で、人権尊重に向けた対応(以下、人権対応)を求められる局面が確実に増えています。

中小企業の「人権リスク」とは?

人権と聞くと、「児童労働」「強制労働」「人種差別」など、遠い国や他社の不祥事を思い浮かべる方もいるでしょう。しかし、企業活動における人権尊重の対象には、非常に身近な「長時間労働」「ハラスメント」「外国人労働者の不当な扱い」「ジェンダー差別」などの労務管理そのものも含まれます。

さらには、自社の中でルールを守っているだけでは不十分な場面も増えています。部品の調達先や業務の委託先で深刻な人権侵害が起きた場合、「その企業と取引をしている自社も加担している」と見なされるのが、現在のグローバルスタンダードです。

「法令遵守(コンプライアンス)だけでは不十分」な理由

よくある誤解として、「うちは労働基準法や最低賃金法など、国内の法律を守っているから大丈夫」というものがあります。もちろん、法令遵守は企業の絶対的な義務です。

一方で、今日求められる人権尊重は、単なる法律上の義務にとどまりません。自社の事業活動やバリューチェーンが、従業員・取引先・顧客・地域住民といったすべての人(ステークホルダー)に及ぼし得る「実質的な負の影響」を把握し、対話を通じて自主的に予防・軽減していく、能動的な経営改善プロセスを意味します。

これは従来のCSR(企業の社会的責任)の枠を超え、いまや企業が存続するうえでの「ボトムライン(最低限守るべき土台)」になりつつあります。

なぜ今「ビジネスと人権」なのか?

なぜ今、これほどまでに「ビジネスと人権」が叫ばれているのでしょうか。背景には、欧米を中心とした人権デュー・ディリジェンス(人権DD)※の法制化・義務化という大きな潮流があります。

※企業が自社やサプライチェーン全体における人権侵害のリスクを特定・評価し、対策を行い、その取り組みを継続的に検証・情報開示すること。

欧州連合(EU)では、2024年に「企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)」が採択されました。これにより、一定規模以上の企業に人権DDが法的に求められる流れが加速しています。日本の中小企業も“取引先(大企業)からの要請”という形で対応を求められるケースが増えてきています。

日本政府も、2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しました。

こうした法規制・ガイドラインの流れは、大企業の調達基準として具体化し、「自己評価アンケート」「調達方針への賛同」「契約書への人権条項の追加」「外部監査対応要請」といった形で、サプライチェーン上の日本の中小企業にも急速に波及しています。

中小企業の現状

大企業の取り組みが加速する一方で、中小企業の現状はどうでしょうか。ジェトロによる「2025年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」※1(2025年11月~12月実施)によると、人権対応のスタートラインとも言える「人権方針の策定」に取り組んでいる割合は、大企業・中堅企業が58.5%であるのに対し、中小企業は17.8%と大きなギャップがあります。

この数字は、「サプライチェーンの頂点にいる大企業はすでに対策に本腰を入れているが、下請け・取引先となる中小企業には浸透しきれていない」という実態を表しています。近い将来、大企業から「人権への取り組み状況」を問われた際、十分な対応ができていない企業は、取引条件の見直しや取引継続の再検討(サプライチェーンから外される)といったリスクを抱える可能性があります。

「ビジネスと人権」に取り組むメリット

ここまでの話をお読みになり、「また新しい対応が増えるのか」と負担に感じた方もいるかもしれません。しかし視点を変えれば、いち早く取り組むことで他社に差をつけるチャンスにもなります。

(1)選ばれる取引先になる

今後、人権への対応力は「新規取引の獲得」や「既存取引の継続」を左右する重要な要素となります。競合他社が取引先からのアンケートに“とりあえず”対応し改善を先送りする中で、自ら人権方針を公表して対応を進めている企業は、取引先から見て「安心して任せられるパートナー」になり得ます。

(2)人材の定着・採用力の向上

人権尊重経営の基本は「人を大切にする」ことです。従業員が尊厳を持って安心して働ける環境は、離職率を下げ、職場のモチベーションと生産性の向上につながります。また、人権尊重の姿勢を発信することは、社会貢献や倫理的価値観を重視する「優秀な若手人材」を惹きつけることにもつながります。

(3)炎上や不祥事リスクの未然防止

SNSが普及した現代では、労働問題やハラスメントが瞬時に拡散し、企業経営に大きな影響を与えかねません。人権対応の考え方を経営に取り入れることは、自社を守る強力な「盾」となります。

中小企業が最初に取り組むべきことは何か

ノウハウや予算がない中小企業は、具体的に何から始めればよいのでしょうか。人権対応は、いきなり完璧を求めるものではありません。段階的に進めることが成功への鍵です。

(1)「人権方針」を定め、経営理念と結びつける

「自社が関わるすべての人々の個性を尊重し、差別やハラスメントを許さない」という姿勢を明文化し、自社の言葉で社内外に伝えます。

(2)既存の仕組み(日常の労務管理)に組み込む

就業規則の見直し、ハラスメント研修の実施、労働時間の正確な把握、安全衛生委員会の活性化など、すでに自社にある「日常の労務管理・安全衛生活動」をアップデートすることそのものが、人権尊重になります。

(3)「ビジネスと人権(BHR)推進社労士」などの外部専門家を頼る

国際基準や取引先の要請を自社の実務に落とし込み、無理のない手順で整備・運用するには、外部専門家の伴走が効果的です。

ビジネスと人権(BHR)推進社労士とは?

BHR推進社労士とは、ILO※駐日事務所の技術協力で構築された所定の研修を修了した、「ビジネスと人権」に精通する社会保険労務士です。企業が人権尊重経営や人権DDに取り組む際に、実務として「どこをどう整えるか」を個別に相談できる身近な伴走者です。具体的には、次のような支援が可能です。

※国際労働基準の制定を通して世界の労働者の労働条件と生活水準の改善を目的とする、国際連合の専門機関。

(1)人権方針・社内ルール整備:人権方針の策定、就業規則や各種規程、相談対応フロー等の見直し
(2)人権リスクの見える化:労働時間、ハラスメント、外国人雇用、委託先管理等の論点整理と優先順位づけ
(3)取引先要請への実務対応:人権アンケート回答、調達基準への適合、契約書の人権条項への社内対応(運用との整合)
(4)教育・運用の定着:研修、相談窓口運用、是正措置と再発防止(PDCA)の仕組み化

まとめ(人権対応はコストではなく未来への投資)

「ビジネスと人権」は、外部から一方的に押し付けられる「コスト」でも「義務」でもありません。自社の事業に関わるすべての人を大切にすることで、組織に安心感と活力を生み出し、未来の成長をより確実なものにするための「投資」です。

日本が人権を尊重した持続可能な社会へと発展していくうえで、経済と雇用を支える中小企業こそが、その真の牽引役となる可能性を秘めています。

難しく捉える必要はありません。まずは自社の従業員、そしていつも支えてくれる取引先との「対話」を通して「人を幸せにする人権尊重経営」に取り組むことが持続可能な企業の実現につながります。

※1 日本貿易振興機構(ジェトロ)「2025年度|ジェトロ海外ビジネス調査 第24回 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査―チャンスとリスクの両面で際立つ米中の存在感―」(2026年3月)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/23f5d9f6472b5c0d/20250042.pdf

社会保険労務士法人NTSパートナーズ
代表社会保険労務士(BHR推進社労士) 後藤 しのぶ

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