EUにおいて進む製品安全・PLに関する法改正と日米の現在地

公開日:2024年5月24日

法改正

欧州連合(EU)においては、製造物責任(PL)指令の改正案に関する暫定合意(注1)が2023年12月14日付で、「修理する権利」を新たに導入する指令案に関する暫定合意が2024年2月2日付で、相次いで公表されました。

PLに関する法改正と日米の現在地

この2つに限らず、最近EUにおいて、製品安全やPLに関連した法案の審議が進められているものを整理すると、以下のようなものが挙げられます。

これらの法案が正式に適用開始となると、欧州と日本、米国で製品安全に関連する規制の内容や運用において、従来と異なる差異が生じる可能性があり、事業者としては注意が必要です。
本稿では、日本における「消費生活用製品」全般に関わる、PL指令、集団訴訟指令、一般製品安全規則(GPSR)に着目し、改正等に至った背景や規定された内容を概観するとともに、日本および米国の法令・運用との相違点をみていきます。

PL指令

EUにおけるPL指令は1985年に施行された後、特段の改正が行われないまま約40年が経過しています。

そのため、たとえば今世紀に入って急速に普及したソフトウェアやAI(人工知能)等はPL法の対象となるのかという論点がありました。また、EC(電子商取引)を想定した規定はなく、取引が行われるネットモールの運営事業者が責任を負うか否かは不明確でした。加えて、AI等、新しく高度な技術が用いられた製品については製造業者と消費者との間で情報格差が生じることが指摘されており、被害を受けた際に原告の立証負担の軽減を図る必要性が議論されていました。

これらの論点について、EUのPL指令案、日本の現行法、米国の状況は以下のとおりです(以下表のEU改正案は入手可能な2022年時点のもの。暫定合意案は本稿執筆時点では非公開)。

<ソフトウェアの「製造物」該当性>

・ 現行のPL指令、日本のPL法、米国の第三次不法行為リステイトメント(注3)は、PLが発生する前提となる「製品」を「有体物(注4)」に限っている(注5)。
・ そのため、「有体物」でないソフトウェアはPLの対象とならないと考えられてきた。
・ ただし、ソフトウェアの不具合が原因でソフトウェアを組み込んだ製品(例えばコンピューター)による事故が発生した場合は、ソフトウェアの不具合が当該製品自体の欠陥とされる場合がありうる。
・ EU改正案はこの議論から脱却し、ソフトウェアがPL法令上の「製品」であることを明文化した。

<ネットモール運営事業者の責任>

・ 従来、EU、日本、米国においては、自ら製造も販売も行わず、ただ販売のための場所を提供しているに過ぎないネットモール運営事業者はPL上の責任主体でないという理解が大半であった。
・ そのため、被害者は製造業者または販売業者(EUおよび米国の場合)(注6)に対し責任追及を行うことを求められたが、これら事業者が海外に存在する場合等、賠償を得るのが事実上困難な場合もあった。
・ こうした背景や、現代の取引におけるネットモールが果たす役割等に鑑み、EUの改正案はネットモール運営事業者もPLの責任主体であることを明文化した。
・ なお、米国の一部の裁判所はPLに関する裁判でネットモール運営事業者の責任を認めており、裁判所によって判断が異なっている。

<原告の立証負担の軽減>

・ 現行のPL指令、日本のPL法、米国の多くの州(注7)では、原告(被害者)が欠陥についての立証責任を負う。
・ しかし、AI等、高度に専門的な製品については、被害者と製造業者との間に情報の非対称性があり、被害者の立証負担が重すぎると考えられることから、EUの改正案は一定の場合に欠陥や因果関係を推定することで、立証負担の軽減を図った。
・ なお、日本においても、欠陥の推認により立証負担の軽減を認めたと考えられる裁判例が散見される。

集団訴訟指令

欧州においては、2015年に自動車メーカーの排ガス不正が発覚した後、EU加盟各国の消費者が同メーカーの責任を追及しようした際に、国によって集団訴訟のルールが異なることが問題となりました。この反省を踏まえ、いわゆる集団訴訟指令が2020年に成立し、2023年6月より適用が開始されています。

EU、日本、米国の3つを比較した場合、PLに関して集団訴訟を行えるか、「集団」への参加はどのような形で行われるか、そもそも集団訴訟は誰が提起することができるのか、について違いがみられます。

以上を踏まえた、EU、日本、米国の現状は、以下のとおりです。

<PLに関する集団訴訟>

・ EUおよび米国はPLに関し集団訴訟を提起することを認めている。
・ 一方、日本の消費者裁判手続特例法(2016年10月1日施行)は対象となる事案を限定としており、PLは含まれていない。

<「集団」への参加>

・ 被害の回復等を求める「集団」への参加形態に関しては、届出等により参加の意思表示を必要とする「オプトイン」型、集団への参加に特段の届出を必要とせず、反対に集団から離脱する場合に意思表示を求める「オプトアウト」型の2つの形がありうる。
・ EUはいずれの形とするかを各加盟国の国内法に委ねている。たとえば、ドイツは「オプトイン」型を採用している。
・ 日本は「オプトイン」型を採用している。
・ 米国は「オプトアウト」型を採用している。そのため、米国においてはクラスが非常に大きくなり、事業者の責任が認められた場合に賠償額が高額となる一方、個々の被害者への支払いが適正にされていない可能性が指摘されている。

<裁判手続きの実施主体>

・ EUにおいては、消費者個人は集団訴訟の原告となれず、予め認められた適格団体のみが訴えを提起することができる。
・ 日本においては、原告は特定適格消費者団体に限定される。これは、適格消費者団体の中から新たに認定され、業務運営について行政監督を受けるとともに、団体の受け取る報酬・費用の定めが規律されている。
・ 米国においては、被害者であれば誰でも集団訴訟の原告となることができる。

一般製品安全規則

最後に、2024年12月より完全適用される一般製品安全規則(GPSR)について、特に製品事故報告に焦点をあて、日米欧の相違をみていきます。

一般製品安全規則は、旧来の一般製品安全指令(GPSD)を置き換えるもので、製造業者等の事業者に対して「安全な製品」のみを域内市場に供給する義務を課す消費者保護規制です。同規則においては、製品事故等の報告のほか、リコールや製品トレーサビリティの確保等についても規定されています。

製品事故等の報告について定めた日本法として消費生活用製品安全法が、米国の連邦法として消費者製品安全法があります。

以下、今後適用される一般製品安全規則(EU新法)および日本、米国の相違を挙げます。

<報告義務が生じる場合>

・ 報告義務が生じる場合は国によって異なり、必ずしも製品事故の発生に限定されない。
・ EU新法においては、「死亡、または健康および安全への重大な悪影響(傷害、その他の身体への損害、疾病、慢性的健康障害を含み、一時的か永続的であるかを問わない)」が製品の使用に関連して生じた場合に報告義務が発生する。
・ 日本においては、死亡事故、後遺障害事故、治療(投薬期間を含む)を要する期間が30日間以上の事故、火災(消防が認定したもの)、一酸化炭素中毒事故が「重大製品事故」にあたり、報告が義務となる。
・ 米国においては、以下のいずれかに該当する場合に報告が求められる(注9)。
① 消費者に傷害を負わせる重大なリスクを生じうる欠陥を有する製品
② 重傷または死亡につながる不当なリスクを生じる製品
③ 消費者製品安全法等の定める製品安全規則等に適合しない製品
④ 玩具またはゲームに含まれる小部品等での子どもの窒息による死亡、重傷、呼吸停止または医療専門家による処置をともなう事故の発生
⑤ 消費者製品安全法37条の定める期間における一定の訴訟(これについては製造業者および輸入業者のみが報告義務を負う)

<報告の期限>

・ 報告義務を負う事業者は一定期間内に行政への届出を求められるが、その期限は国によって異なる。
・ 特に短いのが米国(24時間以内)である一方、EUは明確な期限は定められておらず、「ただちに(immediately)」という規定になっている。
・ 日本は10日以内と定められている。

<報告義務者>

・ 報告の義務を負う主体については、日本においては製造業者、輸入業者が報告義務を負う一方、販売業者はこれを負っていない。この点はEU、米国と異なる。

<報告義務違反のペナルティ>

・ 報告義務に違反した場合、一定の場合にペナルティが課されるが、そのあり方も日米欧で異なる。
・ EUでは米国と同様、高額の制裁金のルール化が検討されたが、最終的に加盟各国の規定に委ねる形で決着した。
・ 日本においては、報告義務を怠った場合等には、再発防止に向けて社内体制を整えるよう「体制整備命令」が発動されるが、これに違反した場合に個人や法人への罰金100万円以下などの刑事罰が科される。
・ 米国では、違反ごとに最大10万ドル、複数の違反がある場合は累計して最大約1700万ドルの制裁金が民事訴訟を通じて請求されるほか、故意に違反した場合は刑事罰の対象にもなる(禁固5年以下等)。

今回紹介したEUの法令はまだ適用が始まる前または始まった直後のものであり、今後の運用がどうなるか注意が必要です。また、日本のPL法はEUのPL指令を参考として起草されたものといわれていることから、EUの法制度のあり方が今後日本の法制度にも影響をおよぼしてくる可能性が考えられます。これらの点から、事業者は継続的に情報収集し、改正に先んじた対応が求められます。

(注1)正式な採択の前段階で、法案を提出した欧州委員会とこれを審議する欧州議会およびEU理事会の三者で会合を開き、法案の内容に合意すること。

(注2)規則はすべてのEU加盟国を拘束し直接適用されるが、指令はEU加盟国に直接適用されない(EU加盟各国での国内法化を経る必要がある)。

(注3)重要な判例で示された考え方を条文の形で体系化し説明と例を付したもの。

(注4)消費者庁「製造物責任(PL)法の逐条解説 第2条(定義)」(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/product_liability_act_annotations/pdf/annotations_180907_0003.pdf)によると、「有体物とは、一般に空間の一部を占める有形的存在(分子が存在する物質)」。なお、反対語は無対物。

(注5)ただし、PL指令は例外として有体物でない「電気」がPL指令上の「製品」であることを規定している。

(注6)日本と異なり、EUおよび米国では販売者もPLの責任主体である。

(注7)コーネル大学ロースクールのウェブサイト(https://www.law.cornell.edu/wex/products_liability)によると、アラスカ州、カリフォルニア州、ハワイ州が例外。

(注8)連邦官報(https://www.federalregister.gov/documents/2021/12/01/2021-26082/civil-penalties-notice-of-adjusted-maximum-amounts)に基づく。

(注9)CPSCウェブサイト(https://www.cpsc.gov/Business--Manufacturing/Recall-Guidance/Duty-to-Report-to-the-CPSC-Your-Rights-and-Responsibilities)に基づく。

MS&ADインターリスク総研株式会社発行のPLレポート(製品安全)2024年3月号を基に作成したものです。

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