土砂災害リスクの把握と対応策
公開日:2024年6月7日
自然災害・事業継続
国土の7割を丘陵地と山地が占める日本において土砂災害は身近な自然災害であり、ほぼ毎年のように死者・行方不明者や家屋被害が発生しています。
これから土砂災害の発生件数が増える時期(春~秋)を迎えるにあたり、この記事ではあらためて日本における土砂災害発生状況や土砂災害の種類を振り返り、土砂災害リスクを把握するための情報や土砂災害への対応策について解説します。
日本における土砂災害の発生状況
国土の7割を丘陵地と山地が占める¹⁾日本において土砂災害は身近な自然災害であり、ほぼ毎年のように死者・行方不明者や家屋被害が発生しています。
日本では、1999(平成11)年6月に広島で発生した大規模な土砂災害を契機として、2001(平成13)年4月に制定された土砂災害防止法*¹により、土砂災害のおそれのある地域が「土砂災害警戒区域」や「土砂災害特別警戒区域」に指定され、ハザードマップの整備や建物の構造規制、開発の規制等が行われるようになりました。2023(令和5)年12末時点で土砂災害警戒区域等は全国で約69万6千区域が指定されているものの、被害軽減策が行われた区域の割合は2023(令和5)年3月末時点で22.2%であり²⁾、依然として日本における土砂災害リスクは大きいままです。
国土交通省が統計を開始した1982(昭和57)年から2022(令和4)年までの土砂災害発生件数の推移(図1)をみますと、10年間平均発生回数は上昇の一途をたどっており、直近10年(2013(平成25)年~2022(令和4)年)の平均発生回数は前10年間の平均発生回数の約1.2倍になりました。なお、2023年(令和5年)の土砂災害発生件数は1,471件であり、直近10年の平均発生回数を上回りました。
*¹ 正式名称は「土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律」
土砂災害の種類と特徴
土砂災害は大きく分けて「がけ崩れ(斜面崩壊)」「土石流」「地すべり」の3種類があります。
(1)がけ崩れ(斜面崩壊)
がけ崩れとは傾斜地が崩壊する現象であり、がけ崩れの他に山崩れや土砂崩れ等と称される場合が多いですが、防災分野や学術分野では斜面崩壊と呼称することが多いです。土砂災害防止法では「急傾斜地の崩壊」とされています。
斜面崩壊をさらに分類すると表層崩壊と深層崩壊に分けられます。表層崩壊は、その名のとおり傾斜地の表層土(厚さ0.5~2.0m程度)が崩れる現象です。対して深層崩壊は表層土の下の岩盤ごと崩れる現象であり、表層崩壊と比較すると崩壊する範囲・深さともに大きいが発生件数は少ないです。
毎年の土砂災害の発生件数の半数以上、年によっては9割近くが斜面崩壊であり(表1、図2)、このほとんどは表層崩壊です。
斜面崩壊は、「高さ5m以上のがけや傾斜度が30度以上の急斜面」で発生しやすいといわれており、この条件に該当していれば、日本全国どこでも起こりうると考えてよく、斜面崩壊を引き起こすトリガー(誘因)となるのは大雨や融雪、地震です。
(2)土石流
土石流とは土砂が水とともに斜面や谷を流れる現象であり、昔は鉄砲水、山津波とも呼ばれることがありましたが最近では土石流の名称が定着してきています。土石流も分類すると数タイプに分けられますが、最もよく発生するのは、大雨等によって谷の斜面で斜面崩壊が発生し、崩壊した土砂が谷底の増水した水と混ざり合って流れ下るタイプです。
土石流の一番の特徴はスピードであり、40~50km/hの速さで流れ下ることもあります。2021年7月3日に静岡県熱海市で発生した土石流はインターネットや報道番組で猛スピードで流れ下る土石流の映像が配信・放送されていたため、記憶に新しいです。
(3)地すべり
ニュース記事等で地すべりと土砂崩れ(斜面崩壊)が混同されて使われている場合も多く、どちらも同じ現象と捉えがちですが、地すべりと斜面崩壊は発生メカニズムや規模が異なります。
地すべりの発生メカニズムは大まかには以下のとおりです。
① 地層中に水を通しにくい粘土層が形成される
② 雪解け水や雨水が地中にしみこむ
③ 粘土層は水を通しにくいので粘土層の上に水がたまる(地下水位の上昇)
④ 水がたまると浮力が生じ、地面がかたまりのままゆっくりと動き出す(地すべりの発生)
第三紀層と呼ばれる第三紀(約6500万年前~約260万年前)に堆積した地層(比較的年代が新しく岩石としては軟らかい)や断層運動により岩石が粉々に砕かれた破砕帯が分布する地域、温泉地(温泉の熱やガスで地層が変質する)では粘土層が形成されやすく、地すべりはこれらの地域で多く発生します。
全国どこでも起こりうる斜面崩壊と比べると、地すべりが頻発する地域には偏りがあります。第三紀層が分布する地域は日本海側に多く、山形、新潟・北陸、長野北部等は地すべり多発地帯として知られます。破砕帯が広く分布する地域は大規模な断層運動があった地域に重なり、糸魚川-静岡構造線沿いの長野や静岡、中央構造線沿いの三重、奈良、和歌山、四国地方等は地すべりが多いです。
発生地域の他に規模の面でも斜面崩壊と地すべりでは異なっており、地すべりのほうが規模が大きく、過去には幅が1km以上もある地すべりも発生しています。
また、地すべりは斜面崩壊と異なり傾斜度が10~20度程度の緩傾斜でも起こり、深さは10m以上あることもあります。
土砂災害リスクの把握
(1)土砂災害警戒区域・土砂災害特別警戒区域
現在、日本においては土砂災害防止法に基づき、都道府県知事が土砂災害のおそれのある地域を土砂災害警戒区域・土砂災害特別警戒区域として指定しています。
土砂災害警戒区域・土砂災害特別警戒区域は、市町村のハザードマップ等で確認できるほか、国土交通省の重ねるハザードマップ(https://disaportal.gsi.go.jp/)でも確認できますが、これらは最新情報とは限らない点に留意が必要です。土砂災害警戒区域・土砂災害特別警戒区域は都道府県知事が指定するため、最新情報を得たい場合は都道府県のホームページ等を確認する必要があります。
なお、土砂災害警戒区域・土砂災害特別警戒区域は人命安全の観点から主に居住地域において指定されるものであり、人が居住していない山地は指定の対象とならない場合があります。そのため、事業者が山地の開発を行う場合等では土砂災害警戒区域・土砂災害特別警戒区域を確認するだけでは、土砂災害リスクを見落とす可能性があるので、調査会社等に依頼してリスクを洗い出すことが望ましいです。
(2)土砂災害警戒情報(土砂キキクル)
大雨等により土砂災害が発生する危険が高まったときに住民に対して避難指示を発令するのは市町村長ですが、この避難指示の発令判断や住民の自主避難の判断を支援するために、都道府県と気象庁が共同で発表するのが「土砂災害警戒情報」です。
土砂キキクル(大雨警報(土砂災害)の危険度分布:https://www.jma.go.jp/bosai/risk/)は、大雨による土砂災害発生の危険度の高まりを地図上で1km四方の領域(メッシュ)ごとに5段階に色分けして示す情報です。常時10分毎に更新しており、土砂災害警戒情報等が発表されたときには、どこで危険度が高まっているかを視覚的に把握することができます。
土砂災害リスクへの対応策
土砂災害に限らず自然災害全般に共通することですが、土砂災害(自然災害)の対策は大規模な工事を必要とする場合がほとんどであり、個人や企業においては主にコスト面から対策が進まないことが多いです。また、土砂災害のおそれのある斜面が他人の土地である場合には交渉に時間もかかります。
土砂災害の対策工事は、擁壁の設置や砂防ダムの建設等国や自治体が事業として取り組む規模のものも多く、個人や民間企業としては、被害軽減対策として建物の構造を強固にしたり、斜面と建物の間に壁を設置して土砂の流入を抑制する対策、あるいは建物の移転が現実的な対策となります。
したがって、個人・民間企業が取り組める土砂災害対策としては、ソフト面での対応が主体となります。対策を検討される際は、以下に示す土砂災害への対応ポイントを参考にしてください。
【土砂災害への対応のポイント】
<平時>
①家や事業所の土砂災害リスクの確認
市町村のハザードマップや重ねるハザードマップ等で事前に家や事業所およびその周辺が土砂災害警戒区域等に該当しているかを確認します。
土砂災害警戒区域等に該当しないものの建物のそばに急斜面があって斜面の崩壊が不安な場合は、斜面(がけ)の高さの2倍の範囲まで土砂が到達すると想定するとよいです。通常の斜面崩壊の場合、崩壊した土砂の到達範囲は斜面の高さと同じ距離の範囲にほぼ収まることが過去の調査からわかっており、安全を見込んで2倍とします。
②従業員の居住地・通勤ルートの確認
企業においては、事業所とその周辺だけでなく、従業員の居住地や通勤ルート上の土砂災害リスクを把握しておくことが望ましいです。従業員の安否確認や出社・早退・在宅指示の判断指標の一つとすることができます。
③重要資産をなるべく斜面から離れたところにおく
土砂災害(特に斜面崩壊)における避難や資産を守るための基本的な考え方は「できるだけ斜面から離れる(離す)」ことです。重要資産はできるだけ斜面から離れた位置に置くことが望ましいです。鉄筋コンクリート造等強固な建物においては、斜面崩壊や土石流により倒壊する可能性は木造よりもはるかに小さいため、2階以上に資産を配置したり避難することも有効です。
<直前(台風接近時等)>
①土砂災害警戒情報や土砂キキクルの確認
台風接近時等大雨が予想される場合は、土砂災害警戒情報や土砂キキクル、市町村からの避難指示等を逐一情報収集できる体制を構築することが望ましいです。
過去の自然災害では市町村からの避難指示が住民に届くまで時間がかかり被災した事例もあるため、自治体からの指示に頼りきるのではなく、収集した情報を基に自己で判断して自主避難することが重要です。
また、企業においては操業・営業の停止や従業員への早退・在宅指示を迅速に判断するために基準を設けることも重要です。
(例)警戒レベル2でいつでも操業停止できるように準備
警戒レベル3で自宅が遠方の従業員に帰宅指示
警戒レベル4で操業停止、全従業員に帰宅指示
最近では、警戒情報や避難情報等がアラート通知される防災アプリが各社から展開されており、これらのツールの活用も視野に入れる必要があります。
②土砂災害の前兆現象を捉える
土砂災害が発生する前には、必ずではないですが前兆現象がみられることもあり、下記のような状況を確認した場合には速やかに避難行動を開始するようにしたいです。
<直後(台風通過後や地震発生後)>
台風通過後や地震発生後は地盤が緩んでおり、通常なら土砂災害が発生しないような降雨量でも土砂災害が発生するおそれがあるため、しばらくは斜面に近づかず警戒する必要があります。
都道府県と気象庁は、地震により大きな揺れが観測された地域においては土砂災害警戒情報の発表基準を通常より引き下げて運用しています。
以上
MS&ADインターリスク総研株式会社発行の災害リスク情報2024年4月(第96号)を基に作成したものです。