厚生労働省が「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」の報告書を公表
公開日:2023年10月30日
人事労務・働き方改革
厚生労働省は2023年7月4日、うつ病など精神障害の労災認定基準(以下、「認定基準」という)に関する改正の方向性をまとめた「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(以下、「本報告書」という)を公表しました。本報告書のポイントは「業務による心理的負荷評価表の見直し」「精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲の見直し」「医学意見の収集方法の効率化」の3点であり、本報告書に基づいて認定基準が改正される見通しです。
目次
認定基準の見直し
今回の認定基準の見直しで特筆すべき点は、「業務による心理的負荷評価表」に掲げられる具体例として「カスタマーハラスメント」に関する項目が新たに追加されたことです。
「業務による心理的負荷評価表」は、精神障害の労災認定要件の一つであり、業務によってどの程度の強さの心理的負荷(ストレス)を受けたかを評価するために用いられています。今回の見直しされた本表では、ストレスの強度が高く評価される例として、「カスタマーハラスメント」により労働者が中程度のストレスを受けた場合に、会社に相談しても適切な対応がなく改善がなされなかったことが挙げられており、企業の対応不足がストレスを強める要素となることが示されています。
カスタマーハラスメントについては、今回の見直し以前から、当該対策を怠ったことを理由に雇用主側の責任が追及された裁判例は複数存在します。例えば、施工管理業務等に従事していた従業員が、クレーム対応を含む過重労働等が原因でうつ病を発症したとして、会社に安全配盧義務違反に基づく損害賠償請求等を行ったところ、クレーム対応が長時聞労働に結びついたと判断され、安全配慮義務違反が認められた事例があります。今回の見直しにより、企業の対応不足がストレス強度の評価に影響を与えることが新たに示され、企業のカスタマーハラスメントへの対応状況が一層問われやすくなる可能性があるといえます。
一方で、対策を十分に講じていたとして、雇用主側の責任を認めなかった裁判例もあります。この裁判例では、顧客とトラブルになった小売店の従業員が、会社に対し安全配慮義務違反があったとして損害賠償を求めましたが、企業は入社時からの初期対応の指導、サポートデスクや近隣店舗のマネージャー等への連絡体制の構築、深夜における2名体制の整備を行っており、十分な体制が整えられていたと認められ、安全配慮義務違反が否定されました。
企業においては、このような裁判例があることを踏まえ、厚生労働省が示す取り組むべき枠組みを活用し、事業の特性に合った対策を講じることが望まれます。
近年、社会情勢の変化とともに、顧客のニーズやクレームの内容・質も変化しています。企業においては、2020年に公表された「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針***」において、既にカスタマーハラスメント対策の実施が期待されているところですが、今回の認定基準の見直しを機に、改めて自社の取組状況を確認し、引き続きカスタマーハラスメントへの適切な対応が求められます。
MS&ADインターリスク総研株式会社発行のESGリスクトピックス2023年8月(第5号)を基に作成したものです。