環境省が、生物多様性の価値評価の検討指針を提示

公開日:2026年8月7日

SDGs

環境省は2026年3月31日、「生物多様性の価値評価手法の検討に当たっての基本的な考え方」(以下、指針)を公表しました。TNFD提言の公表以来、企業による自然関連リスク・機会に関する情報開示や、それらの情報に対する機関投資家からのニーズが拡大しています。その中で、企業が生物多様性におよぼすインパクトや貢献量を評価する手法として、生物多様性の価値評価への関心が高まりつつあります。今回の指針は、日本の自然の特徴を踏まえた生物多様性の価値評価や活用方法のあり方を示したものであり、企業にとっても今後の取組の参考になると想定されます。

生物多様性の価値評価の検討指針

昆明・モントリオール生物多様性枠組みが掲げるネイチャー・ポジティブの実現のためには、従来の自然保護の枠を超え、社会・経済全体を生物多様性保全に貢献するよう変革する必要があります。

その実現には民間を含む大規模な資源動員が必要とされ、その手段として生物多様性の価値評価や生物多様性クレジット(注1)が各国で検討されていますが、概念・手法の国際的な標準化は進んでいません。

さらに国内では、日本の里地里山等のアジア・モンスーン地域特有の二次的な自然環境(注2)が、海外主導の評価手法では適切に評価されないとの懸念から、日本の自然の価値を適切に捉えた上で、国際的にも応用できる価値評価手法の提示が求められています。

指針では二次的な自然環境の価値評価に加え、グリーン・ウォッシュにならない実質的なネイチャー・ポジティブにつながる評価手法の構築が重視され、そのための効果的かつ頑強な価値評価と、データ取扱いの2つの観点から満たすべき要件が示されています。

 

自然資本の毀損による影響や自然に配慮した経営の必要性について解説しています。

 

価値評価の対象は、生態系サービスの貨幣換算(TEEB的アプローチ)(注3)ではなく、生物多様性の状態そのものを質・量の両面から定量化することに置かれています。その上で環境省は、評価手法が満たすべき要件として以下7点を挙げています。

① 定量的で検証可能な手法による適切な評価
② 明確な目標設定と、目標設定の枠組みの提示(国や地域の特徴を踏まえた目標設定等)
③ 不確実性への適切な対応(バッファ・安全率の設定等)
④ 長期的視点の重視(生態系の性質を踏まえた適切な時間スケールを有する活動を対象とすること等)
⑤ 追加性(注4)と適切なベースラインの確保(目標や成果と比較可能な、信頼性の高いベースラインの設定等)
⑥ 生態系タイプに応じて生物多様性の価値を保てる規模やサイズの設定
⑦ 生態系ネットワーク・モザイク構造を踏まえた空間的視点(生態系ネットワーク・流域等サイト外の生態系とのつながりを考慮した評価手法とすること等)

とりわけ、里地里山に代表される二次的自然環境は、農業・林業による人為的かく乱によって多様な生物が維持されており、モザイク性・遷移状態・管理コストを適切に組み込んだ評価が不可欠であると強調しています。

また、評価結果の活用に際しては、補償(オフセット)の安易な利用を戒め、「回避→最小化→現場での機能回復→代償」の優先順位で事業が自然に与える負の影響を軽減する枠組みである、ミティゲーション・ヒエラルキーの徹底を求めています。

データの取扱いに関する記述からは、データ収集の実務上の方向性がある程度読み取れます。評価に用いるデータとしては、基本的にはサイトの実態をより正確に捉えられる、現場における実測データを重視することが述べられています。ただし実測データの収集にはコスト面や安全管理上の課題がある場合もあるため、データの限界や長所・短所も理解した上で、衛星による推定データ等も含めた使い分けが推奨されています。

また、AIを活用した画像・音声による種の同定等、調査コストを大幅に削減しうる技術的なブレークスルーにも言及されており、こうした技術の進展が評価の現実的な普及を後押しする可能性があります。

 

国の施策の方向性と、企業・金融機関・投資家・消費者・地域等を含むステークホルダーに期待するアクションについて解説しています。

 

今後、評価手法の具体化は、自然共生サイトでの試行を経て段階的に進む見通しです。将来的には、地域の目標設定・価値取引・事業要件への応用も視野に入れられており、保全活動の成果がクレジットとして流通する仕組みの素地が着実に整備されつつあります。

本指針は総じて自然共生サイト等での保全活動、開発による直接的な土地改変とそのオフセットといった、サイトレベルでの土地改変/修復を強く意識して作られたものであることに留意すべきでしょう。そうした前提に立った場合、当然ながら高い解像度やデータ品質(実測データの活用を含む)が求められることになります。

しかしバリューチェーンや投融資ポートフォリオ全体の影響評価等の用途では、より迅速性やコストを重視した手法を現実的に選択することになります。用途や段階に応じて、「使い分け」を行うことが重要です。

企業としては、このような動向を注視しつつ、マテリアリティの観点から何を評価すべきかをあらかじめ想定した上で、自社の保全活動の記録やデータ蓄積を継続的に行っておくことが、将来の評価に向けた準備につながるものと考えられます。さらに、企業には、生物多様性の価値を事業上の意思決定に組込み、価値評価や活用スキームを積極的に利用しながら、国や地域の目標達成に貢献することが期待されています。

生物多様性の価値を事業上の意思決定に組み込むためには、自社の事業やバリューチェーンによる自然への依存やインパクトを構造的に把握した上で、その位置付けを明確にしながら生物多様性保全に取り組むことが重要です。

(注1)生物多様性クレジット
自然環境の保全・回復活動の成果を定量化し、取引可能とするために証券化したもの、仕組み。企業はこれを購入することで、自社の活動による環境負荷を補償(オフセット)することが可能。
(注2)二次的な自然環境
人間活動によって創出されたり、人が手を加えることで管理・維持されたりしてきた自然環境のこと。
(注3)TEEB的アプローチ
TEEB(生態系と生物多様性の経済学)に基づき、生態系サービスを貨幣価値に換算する経済的価値評価のこと。
(注4)追加性
その取組が、何もしなかった場合と比較して追加的な改善を生んでいること。

MS&ADインターリスク総研株式会社発行のESGリスクトピックス2026年5月(2026年度第2号)を基に作成したものです。

MS&ADインターリスク総研株式会社

企業や組織のリスクマネジメントをサポートするコンサルティング会社です。
サイバーリスク、防災・減災、BCM/BCP、コンプライアンス、危機管理、企業を取り巻く様々なリスクに対して、お客さま企業の実態を踏まえた最適なソリューションをご提供します。

また、サステナビリティ、人的資本経営、次世代モビリティといった最新の経営課題にも豊富な知見・ノウハウを有しています。中堅・中小企業にも利用しやすいソリューションも幅広くラインナップしています。

関連記事

GPIFがマテリアリティ重視のサステナ開示の国内好事例を公表、運用機関が選定

2026年7月15日

SDGs

世界経済フォーラムがグローバルリスクの2026年度版を発表 -前年に続き長期的リスクTOP3を環境リスクが独占-

2026年6月3日

SDGs

「ビジネスと人権」政府行動計画改定案が公表、外国人労働者やAIが優先分野に

2026年3月27日

SDGs

人権

企業と自然の関連性についての基礎的理解

2026年2月27日

SDGs

持続可能な経営のための水リスクマネジメントの最新動向-AWS Forumの最新論点とスタンダード改定におけるポイントの紹介-

2026年2月13日

SDGs

おすすめ記事

線状降水帯とは?中小企業の経営に与える影響と備えるべき防災・BCP対策を解説

2026年8月3日

自然災害・事業継続

フィジカルAIとは?生成AIとの違いと活用事例をわかりやすく解説

2026年7月27日

人事労務・働き方改革

人手不足

ホワイトハラスメントが起こる原因と防止策を詳しく解説

2026年7月13日

ハラスメント

ラストワンマイル問題とは?課題解決のためのポイントと事例を解説

2026年7月6日

人事労務・働き方改革

週44時間特例廃止はいつから?対象範囲・影響・対策を詳しく解説

2026年6月29日

人事労務・働き方改革

週間ランキング

日本が年々暑くなる理由とは?原因と対策、企業に求められる対応について解説

2025年9月8日

自然災害・事業継続

週44時間特例廃止はいつから?対象範囲・影響・対策を詳しく解説

2026年6月29日

人事労務・働き方改革

子ども・子育て拠出金とは?会社負担額と計算方法・納付のポイントを解説

2025年6月16日

人事労務・働き方改革

【2026年最新】ハラスメントの種類一覧|定義・具体例・企業の対応策を解説

2024年7月3日

人事労務・働き方改革

ハラスメント

従業員が業務中に熱中症になったら会社の責任はどうなるか?~判例から考える企業の安全配慮義務~

2026年7月29日

労働災害防止

経営に活用できる有効な情報を
定期的に発信します。

※各ニュースの内容やサービス名称等は、すべて公開日現在の情報です。
 その後の法改正や制度改定、サービス名称の変更等は反映しておりませんので、ご注意ください。