職場での熱中症 ― その原因と対策
公開日:2026年7月22日
人事労務・働き方改革

夏の暑さが年々厳しくなるなか、「熱中症」は身近な健康リスクとなっています。特に近年は、気温の上昇だけでなく湿度の高さも影響し、屋外だけではなく屋内でも熱中症が発生しています。「外で働く人だけが注意すれば良い」と思われがちですが、実際にはオフィス、工場、倉庫、営業先への移動中等、さまざまな場面で熱中症は起こります。
本ニュースでは、企業で働く人に向けに、「熱中症」の基礎知識と予防対策のポイントをわかりやすく解説します。
体温調節メカニズム
人の体は、体温、血圧、水分量、血糖値等を最適に制御し、体の内部環境を一定に保とうとする「ホメオスタシス(内部環境恒常性維持)」と称されるメカニズムで生命維持をしています。
例えば寒い時には、皮膚の血管を収縮させ、時にはふるえや鳥肌を生じさせて体温の放散を防ぎます。暑い時には、皮膚の血管を拡張し、汗をかくことで体内の熱を逃がし、体温を下げようとします。これが正常なホメオスタシス(図1)で、その中枢機能は間脳視床下部(図2)にあります。


熱中症は、暑さによって体の恒常性維持システムが限界を超え、全身の調節機能が崩れた状態です。単なる水分不足ではなく、体温調節、循環調節、電解質バランス、神経機能等、複数のホメオスタシスが同時に破綻した病的状態です。
義務化の背景・具体的な内容、対応策について解説しています。
熱中症になる過程
強い暑さや高湿度に長時間さらされる環境では、以下のステップで体温調節が追いつかなくなります。
① 汗で水分・塩分が失われる
体温の上昇を防ぐため大量の汗をかくと、体内の水分と電解質が不足します。すると、
• 血液量が減る
• 汗を出しにくくなる
• 循環が悪くなる
等の変化が起こります。
② 熱を逃がせなくなり、体温が上昇する
通常は汗が蒸発する時に熱を逃がしますが、
• 湿度が高い
• 脱水が進む
• 長時間の暑熱環境
等が重なると、体に熱がこもり、体温が異常に上昇します。
③ 体温調節中枢が破綻する
体温上昇が続くと、この調節機能自体に障害が起こります。すると、
• さらに体温が上がる
• 発汗調整が乱れる
• 意識障害が起こる
等、悪循環に陥ります。これが「ホメオスタシスの破綻」です。
熱中症と脱水症の違い
「熱中症」と「脱水症」は混同されやすい症状ですが、実際には意味が異なります。
ただし、互いに深く関係しており、脱水が熱中症を引き起こす大きな原因になる場合があります。実際には「暑い → 汗をかく → 脱水症になる → 体温調節機能の破綻 → 暑さで体がオーバーヒート → 熱中症」という流れで起こると理解できます。

熱中症の予防
① 水分補給
熱中症予防で最も重要なのが「のどが渇く前」の水分補給です。ここでは条件(35歳・男性・身長170cm・体重70kg・気温30℃)の下で、日常~やや暑い環境での水分補給量を次のように考えるのが実用的です。
まず基準として体内水分量を計算すると
• 70kg × 0.6 ≒ 約42L → 体の約42Lが水分で構成されています。
1日の基本必要水分量の一般的な目安は、体重 × 30~40mlですので
• 70kgの場合→ 約2.1~2.8L/日(最低ライン:「涼しい環境」を前提)
• 気温30℃では発汗が増えるための補正:+ 0.5~1.0L
• 合計→ 約2.6~3.8L/日と推定されます。
体内水分量は年齢とともに変化するため(図3)、子どもは、急激に脱水しやすく、高齢者は気づかないまま進行しやすいことに注意してください。熱中症死亡リスクは、圧倒的に高齢者が高く、日本では熱中症死亡者の多くが65歳以上です。

水分摂取量は、活動場所、活動量に大きく依存します。
活動量別の目安:
• デスクワーク中心:2.5~3.0L
• 屋外・軽作業:3.0~4.0L
• 屋外・重労働/運動: 4.0L以上(場合によっては5L超)
注:発汗量で大きく変わります
水分の飲み方は、15~30分ごとにコップ1杯(150~250ml)、「のどが渇く前」に飲むことが肝要です。 1L以上の一気飲みは、血液が急速に薄まる危険性があるため、絶対に避けてください。
さらに、汗をかく環境では、水だけだと不十分な場合があります。特に長時間の発汗があった場合には、塩分も必要です。経口補水液やスポーツドリンクの併用も考慮してください。「のどが渇いた」と感じた時点で、既に軽い脱水が始まっている場合があります。そのため、こまめに少しずつ飲むことが大切です。
② 室内環境調節
暑さを我慢することは熱中症リスクを高めます。室温だけでなく湿度にも注意し、快適な環境を保つことが大切です。特に湿度が高い環境は汗が蒸発しにくく、体温が下がりにくくなります。
室内での対策
• 空調を適切に使用する
• 扇風機やサーキュレーターを併用する
• 遮光カーテンを活用する
• 定期的に換気する
• 温湿度計を設置する
「暑いと感じる前」に室内環境を整えることが重要です。
③ 職場での熱中症対策
仕事場所:企業活動の中には、暑さの影響を受けやすい場面が多くあります。
屋外作業:建設、警備、運送、設備点検、営業活動等では、直射日光の下で長時間活動することがあります。特に真夏の日中は、短時間でも体に大きな負担がかかります。
屋内でも油断できない場所:工場や倉庫、厨房等では、機械や火気の熱によって室温が高くなることがあります。また、節電意識から空調使用を控えすぎることで、熱中症リスクが高まる場合もあります。オフィスでも、換気不足や空調の不調によって室温が上がり、気づかないうちに体調を崩すケースがあります。
● 特に注意したい状況
熱中症は、本人が気づかないうちに進行することがあります。責任感が強い人ほど、「少し我慢すれば大丈夫」と無理をしてしまいがちです。
特に注意が必要な場合もあります。
• 睡眠不足
• 朝食を抜いた
• 体調不良
• 持病がある
• 暑さに慣れていない
• 入社・異動直後で職場環境に不慣れ
また、前日に深酒をした場合も脱水状態になりやすく、熱中症リスクが高まります。
熱中症が疑われる時の対応
熱中症が疑われる場合は、早めの対応が重要です。
応急対応の基本
① 涼しい場所へ移動する
② 衣服をゆるめる
③ 水分・塩分を補給する
④ 首、脇、足の付け根等を冷やす
意識がはっきりしない、水分が飲めない場合は、すぐに医療機関を受診し、必要に応じて救急車を呼びます。
企業全体で熱中症に取り組む時代へ
職場での熱中症による死亡事故が増えているため、特に建設・製造・物流等で問題になり、2025年6月、労働安全衛生規則の改正により企業(事業者)に対して熱中症対策が“法的義務”になりました。 企業が必ず実行するのは主に以下の3項目です。
① 報告体制の整備
• 体調不良(熱中症の疑い)をすぐ報告できる仕組み
• 誰に連絡するかを明確化→ 作業者全員に周知
② 対応手順の作成
• 倒れた時の対応(休憩・冷却・救急搬送等)
• 緊急連絡先・搬送先の整備
③ 周知・教育
• 作業者全員にルールを伝える
• 現場で実際に使える状態にする
対象となる「熱中症のおそれがある作業」は、厚生労働省の改正ルールでは主に次の条件を満たす作業を指します。
基本条件:WBGT(暑さ指数)28度以上 または 気温31度以上に該当する環境で、連続1時間以上または1日4時間を超えて実施される作業が対象です。
なおWBGT(Wet Bulb Globe Temperature)は、気温、湿度、日差し、輻射熱(地面・機械の熱)を含めた「危険な暑さ」の指標です。
対象になりやすい仕事は、例えば、建設現場、工場、倉庫、物流・配送、警備、清掃、農業、イベント設営、屋外スポーツ指導、厨房(高温)、空調が弱い屋内作業等があります。
重要なのは、熱中症が実際に起きたかではなく、“起きるおそれがある環境”が義務対象です。対策を怠ると、6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金さらに作業停止命令等の行政処分もあり得ます 。
2025年6月1日より義務化された職場の熱中症対策について、熱中症の発生状況も含め、弁護士が解説します。
まとめ
熱中症は、正しい知識と早めの対策によって予防できるものです。「少し疲れているだけ」と軽く考えず、こまめな水分補給、適切な休憩、空調管理、周囲との声かけを意識することが大切です。
熱中症対策は、個人任せでは十分ではありません。労働安全衛生の観点からも、企業に対策が求められています。従業員の健康管理は、生産性や職場の安全にも直結します。
安心して働ける環境づくりは、企業の信頼にもつながります。暑さが厳しくなるこれからの季節、一人ひとりが無理をせず、職場全体で支え合いながら熱中症を防いでいきましょう。
なお、熱中症に関しては以下のサイトが参考になりますので閲覧ください。
熱中症予防のための情報・資料サイト | 厚生労働省
NPO法人ヘルスケアネットワーク(OCHIS) 理事長 武田 裕
1971年 大阪大学医学部卒業後循環器内科研修、1974年大阪大学医学部附属病院医員(第一内科)、」1977年 シカゴ大学臨床薬理部フェロー(~1978)、1979年大阪大学医学部第一内科助手、1983年 文部省学術国際局学術調査官 (~1985年)。1985年大阪大学医学部第一内科講師、その後医療情報学分野に転向し、1987年大阪大学医学部附属病院 医療情報部助教授、大学病院インテリジェント化に貢献。1998年大阪大学医学系研究科医療情報学講座教授、医療事故防止にも協力し、2001年大阪大学医学部附属病院中央クオリティマネジメント部長併任(国立大学病院医療安全協議会初代会長)、2010年大阪大学名誉教授、2012年滋慶医療科学大学院大学学長(~2018年)、2021年電通健康管理センター関西所長(~2026年)。NPO ヘルスケアネットワーク(OCHIS)理事長(2001~)
















