歯と口の健康が企業の活性化に繋がる
公開日:2025年12月5日
健康経営・メンタルヘルス

昨今は、口腔内の細菌や不衛生が生活習慣病の誘発や重篤な疾患を招くとの観点から、お口の健康が注目されています。企業においても、食べる、話す等、実に多くの役割を果たすお口の不具合が、従業員の体調不良や、休業等を招くという観点から、新たなテーマとして「お口の健康」を導入するところが増えてきました。
本ニュースでは、歯科分野を含めた、口腔面における注意点と、関係者の口腔衛生への取組について解説します。
歯科分野は治療から予防へ
「8020運動」成果の背景と対策
「80歳になっても自分の歯を20本残しましょう」という「8020運動」。1989年にスタートし、既に30年以上が経過しました。当初は10人に1人にも満たなかった残存20本の該当者が、2016年調査では、実に2人に1人が自分の歯を20本以上も残しているという、取組の成果が出ています。
この運動が功を奏した背景には、歯の喪失原因の7割以上を占める、虫歯と歯周病への対策がありました。そこで本ニュースでは、まずこの2つの病気について解説します。
1.虫歯予防について
●虫歯の原因
虫歯は、歯の質・細菌(むし歯原因菌)・食物(砂糖)の3つの要因が重なることで発生します。虫歯菌は糖分をえさとして増殖するため、口の中を酸性にしないように注意しましょう。
●歯磨きのポイント
歯磨きは、お口の衛生状態を保持する上で、最も基本的な習慣です。そのため、磨き方の良しあしで、歯磨きの効果が大きく変わります。また、歯磨きは「1日3回食後3分以内」とよく言われていますが、昨今はさらに、歯磨きのタイミングが何より重要だといわれています。つまり、虫歯菌は酸素のないところで繁殖するため、昼間よりも寝る前の歯磨きがさらに重要とされています。
歯ブラシは普通サイズに加え、ミニサイズや1本ブラシ等複数を使い分け、奥歯、歯の裏側、歯と歯茎の境目等磨きにくいところを丁寧に磨きましょう。さらにデンタルフロス、歯間ブラシを使用して、歯の隙間の食べかすや歯垢を取り除くようにしましょう。
●食事はバランスよく
糖分の多い食品を控え、バランスの良い食事を心がけることが基本です。乳製品、魚介類、海藻類、野菜、果物、ナッツは、カルシウムやビタミン、食物繊維等があり、歯を強くしたり、歯周病の予防にも効果があるとされています。食事や間食はだらだらと取らないで、なるべく決まった時間帯に取り、その後の歯磨きを習慣づけましょう。時間がないときは、口をすすいだり、食べかすがこびりつくことを防ぐために、こまめに水分補給することをお勧めします。
2.歯周病について
●歯周病の原因
歯周病の直接的原因は、プラーク(歯垢)です。 歯垢は単なる食べかすではなく、生きた細菌の塊です。そのほとんどが酸素の少ない場所を好むため、歯と歯茎のすき間(歯周ポケット)に潜んでいます。 この歯垢中の細菌が出す毒素によって、歯茎に炎症が起きてしまうのです。
●歯周病と病気のリスク
歯茎の炎症によって出てくる歯周病菌は、腫れた歯肉から容易に血管内に侵入し全身に回り、さまざまな病気を引き起こし、悪化させる原因となります。この炎症を誘発する物質は、血糖値を下げるインスリンの働きを悪くし、糖尿病、早産・低体重児出産、肥満、血管の動脈硬化(心筋梗塞・脳梗塞)にも関与しています。特に注目されている病気が糖尿病ですが、糖尿病が気になる人だけでなく、生活習慣病予防のためにも、日々の歯磨きを丁寧に行い、歯周病を予防することが大切です。
以下に示している、【歯周病のリスクファクター】の図は、プラーク(歯垢)という口の中の細菌が、局所的、全身的なリスクファクターを複合的に伴うことで歯周病の発症を誘発し、さらに歯周病の放置が全身病に繋がっていくメカニズムを示しています。言い換えれば、歯周病の予防と治療を行うことで、全身のさまざまな病気のリスクを引き下げることができるとも言えます。

出典:ライオン歯科衛生研究所 歯と口のトラブルとその原因
さらに、歯周病菌の中には、誤嚥(※)により気管支から肺にたどり着くものもあり、高齢者の死亡原因でもある誤嚥性肺炎の原因の一つとなっています。
(※)誤嚥:食物や唾液は、口腔から咽頭と食道を経て胃へ送り込まれます。食物等が、なんらかの理由で、誤って喉頭と気管に入ってしまう状態
参考:日本臨床歯周病学会
プロフェッショナルケアへの受診
今や歯科部門は治療から予防時代へと変化しつつあります。セルフケアである日々の歯磨き・口腔ケアに加え、定期的にプロフェッショナルケアを活用し、虫歯や歯周病を予防することが、長く自分の歯と付き合い、健康で健やかに過ごすための一つのポイントと思われます。
●定期的に歯科健診を
プロフェッショナルケアの中でも多くの人が定期的に利用しているのが、歯科健診です。健診では虫歯の有無、歯周ポケットの深さ、歯のぐらつき、汚れ等のチェックを行い、状況によりレントゲン撮影を実施します。ほとんどの場合、同時に歯垢の除去等により、普段の歯磨きで取れない汚れを機器で取り除きます。その際には、歯磨きの仕方や、アルコールやタバコ等、嗜好品との付き合い方のアドバイスを受けることもできるので、生活習慣の振り返りや改善にも繋がります。歯科健診の頻度は年2・3回程度が基本とされています。
最近は予防健診と銘打った歯科医院も増え、総合的なお口ケアの相談も受けています。長く自分の歯と付き合うためにも、予防健診は上手に利用したいものです。
●ホワイトニング、歯科矯正
歯の美しさは、顔の印象にも関係するため、最近はホワイトニングや、歯科矯正をする人が増えてきました。歯科矯正は、歯並びの美しさ以外にも、噛み合わせや口呼吸等の改善といった効果があり、「矯正歯科」として開業している医院もあります。
矯正治療は健康保険の適用外で、しかも長期になるため高額な費用を要しますが、年代を問わず、関心度は年々高くなっています。
●かかりつけ歯科医の位置づけ
人生100年時代と言われている昨今、身近で気軽に相談できる、かかりつけ医が求められています。内科的なかかりつけ医を指す場合が多い中、歯科分野における、「かかりつけ歯科医」とは、個人のライフサイクルに沿って、継続的に口と歯に関する保健・医療・介護・福祉を提供し、地域に密着したいくつかの必要な役割を果たすことができる歯科医のことを言います。
かかりつけ歯科医はまだ一般的ではありませんが、“かかりつけ”の必要性は、内科医だけにとどまりません。歯科健診等を通じて長く歯科医と上手に付き合い、相互の信頼関係を構築できれば、人生のライフステージに合わせて、お口全体のサポートを受けることができるのではないでしょうか。それは、QOL(生活の質)向上にも繋がります。
厚生労働省は、日本歯科医師会とともに、歯科におけるかかりつけ医の必要性について啓発しています。
参考:厚生労働省 「かかりつけの歯科医」とは
*歯科特殊健診とは?
歯科特殊健診は、労働安全衛生法第66条第3項 に、「事業者は、有害な業務で、政令で定めるものに従事する労働者に対し、労働省令で定めるところにより、歯科医師による健康診断を行わなければならない」とあり、義務になっています。したがって、決して多くの事業者が対象になる健診ではありませんが、対象となる事業者は受診漏れのないように注意しなければなりません。
一般的な健康診断結果の報告義務は労働者50人以上の事業場ですが、この特殊健診は、有害業務に従事する労働者が1人の場合でも義務となりますので、注意が必要です。
参考:公益社団法人 日本歯科医師「歯科特殊健康診断」
企業における健康管理の基本である健康診断について、押さえておきたい関係法令と解釈、さらに効果的な活用法を解説しています。
健康寿命に関わるオーラルフレイル
●オーラルフレイルとは
一般的にフレイルとは、「病気ではないけれども、年齢とともに筋力や活力が低下し、健康と介護の間の虚弱な状態」を言います。フレイルは、高齢者の機能低下というイメージが強いのですが、40歳代から始まり、40歳から64歳の壮年期でも3割弱の人にフレイルのリスクがあるという研究があります。
口腔内のフレイルを、特に「オーラルフレイル」という言い方をしますが、オーラルフレイルは、「食べること、話すことに代表される、様々な口腔内の『軽微な衰え』 の重複」を意味します。 半年前に比べて、硬いものが食べにくくなった、お茶や煮物でむせることがある、口の渇きが気になる、普段の会話で言葉をはっきり発音できないなどの症状がある場合は、オーラルフレイルの前兆かもしれません。
参考:国立医療開発法人 国立長寿医療研究センター これってオーラルフレイル? ー心身の衰えはお口からー
オーラルフレイル対策の一環として、次のようなチェックを行うことで、早めの気づきを促し、歯の治療や予防を行うことができれば、フレイルの進行を遅らせることができるとされています。
★口腔機能低下チェックリスト
□ さきいか・たくあんくらいの固さのものが噛みにくい
□ 食べた後も口の中に食べ物が残る
□ 歯が抜けたままのところがある
□ 口の渇きが気になる
□ いつも片方の歯でかんでいる
□ 食べ物が飲み込みにくくなった
□ 食事中にむせやすくなった
チェック項目が多いほど、機能低下が見られます。
参考:一般社団法人 日本老年医学会 一般社団法人 日本老年歯科医学会 一般社団法人 日本サルコペニア・フレイル学会 2024年4月1日「オーラルフレイルに関する3学会合同ステートメント」
企業の取組事例
企業での口腔衛生対策は、歯科健診の費用助成等にとどまっていることが多く、まだそれほど進んではいません。しかし、A社は早期から歯科健診をスタートして、既に取組の成果を上げています。一方B社は、Web問診やeラーニングを有効活用し、歯科疾患を総合的に捉えた指導を行っています。
事例 A社
A社は30年以上前から健康保険組合と協業で歯科健診を実施。歯石除去とブラッシング指導が功を奏し、60歳以上の歯の残存数は全国平均よりも5本多い28.6本を残しているとのことです。さらに、歯科受診回数は全国より多いが、歯科医療費は低く留まっていることから、早期の歯科受診の有効性が医療費の低さでも証明されています。
事例 B社
B社では、歯科疾患リスクを判定するWeb問診を導入していています。問診の結果で、リスク者を3段階に振り分け、高リスク者にははがきで受診勧奨、低・中リスク者にはeラーニング指導を行っています。
Web問診には、①歯と体の健康 ②歯のお掃除 ③飲食の取り方 ④丈夫な歯のつくり方 ⑤歯科医院の選び方、かかり方の項目で38問があり、健康な歯を保持するためのチェック項目が総合的に網羅されています。また、糖尿病、心疾患治療中で、歯科未受診者にも受診勧奨のはがきを送付していることは、本稿でも指摘した全身疾患と歯の健康の相関に着目した、有効な取組といえます。
参考:(株)法研 「へるすあっぷ21」 2025年3月 10P~12P、13P~14P
口腔保健分野における国の動向として、大きく下記が挙げられています。
・今後における歯科健診の普及啓発強化
・オンラインやテクノロジーを駆使した歯科健診や口腔保健指導等
参考:厚生労働省 年代別にやるべき予防とお口のケアを紹介 歯と口の健康が生活の質を爆上げする
参考:厚生労働省 「歯科口腔保健の推進に関する基本的事項の全部改正について」歯科口腔保健の推進に関する基本的事項
【関連記事】
企業がなぜ「健康経営」に取り組まなければならないのか、ポイントを解説しています。
まとめ
「人生100年時代」と言われる中でも、大事なことは、自立して生活できる「健康寿命」ではないでしょうか。自分の口で食べ物を咀嚼することのできるお口の機能が、人生のQOLを左右する、「入り口」になるといっても過言ではありません。
企業においては、口腔衛生が新たな健康戦略であるとの認識が少しずつ始まっています。さらに行政等の指導や支援が企業の取組をサポートし、口腔衛生対策を確立させていくものと推察します。
NPO法人ヘルスケアネットワーク(OCHIS) 副理事長 作本 貞子
国土交通省健康起因事故対策協議会委員
健康起因事故防止ワーキンググループ委員
「安全と健康を推進する協議会」(両輪会)代表
【プロフィール】
2003年、居眠り運転と関連性の深い睡眠時無呼吸症候群(SAS)対策事業を日本でいち早く立ち上げ、全日本トラック協会や日本バス協会のSAS検査の指定機関等として突出した実績を持つ。
2017年、運輸業界向けに定期健康診断結果をフォローアップする運輸ヘルスケアナビシステム🄬を構築し、全日本トラック協会の受託事業として全国展開している。
安全と健康をテーマとして、全国的にセミナー講演や執筆活動を行っている。
●著書
「睡眠時無呼吸症候群(SAS)ガイドブック」
「睡眠時無呼吸症候群(SAS)早わかりガイド」
「睡眠ガイドブック」
「運輸業界のためのSAS対策Q&A50」 他
●執筆
全日本トラック協会「健康起因事故防止マニュアル(改訂版とも)」
「新型コロナウイルス感染予防対策マニュアル」
自動車事故対策機構(NASVA)「運行管理者一般講習用テキスト29年版」
国土交通省発出「SAS対策マニュアル改訂版」2015年8月の執筆に関わる。














