運輸業界におけるデータ活用の現状と連携の必要性~運行・健康データの利活用による新規戦略~

公開日:2026年6月5日

健康経営・メンタルヘルス

交通事故ゼロが使命の運輸業界では、2025年4月よりIT点呼、遠隔点呼が導入され、従来の「経験と勘」に基づく管理者を軸とした点呼と並行して、客観的なデータに基づく安全管理への転換が進められています。

一方、ドライバー等不規則勤務者を多数抱える運輸業界では、「人出不足や過重労働」等働き方に関する課題が山積しています。加えて、運輸業における定期健康診断の有所見率は、67.5%と全産業59.4%より8.1ポイントも高く(※)、根底には健康問題と業務のあり方に複合的な要因があると考えられます。

そこで本ニュースでは、運行管理と健康に着目した運輸業界におけるデータ活用の現状と連携の必要性について解説します。

(※)厚生労働省:業務上疾病発生状況調査(平成27年~令和6年)
   https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09976.html

運輸業界におけるデータ活用と運行管理

点呼におけるICT (情報通信技術)の活用

安全の要である「点呼」は、最近のICTの進展に伴い、高度な運行管理業務が求められるようになりました。

遠隔点呼・・・要件を満たす機器、システムを用いて、離れた場所から、運行管理者等と運転者等がビデオ通話のような形で、点呼を実施する制度。

自動点呼・・・国土交通省の認定をうけた機器・システムを用いて、運行管理者等が作成した点呼予定に基づいて、運転者等が運行管理者等の立ち合いなしに点呼を実施する制度。

出典:国土交通省「遠隔点呼・自動点呼解説パンフレット」

これらの点呼におけるICT活用の背景には、フェイスtoフェイスが基本である対面による点呼が、安全の司令塔である運行管理者※の過剰な労働や人手不足が要因の一つであったことも否定できません。

※運行管理者とは健康管理、乗務割作成、安全教育、事故対応等を通じ、道路運送法等に基づき安全運行の司令塔として、運行管理全般を担います。 点呼時にはドライバーの顔色等による疲労や体調チェック、健康管理、 乗務前後のアルコールチェック等を行います。

デジタルタコグラフ(デジタコ)の活用法

デジタルタコグラフ(以下:デジタコ)※は、ドライバーの運転データ(急ブレーキ、速度超過、前方不注意)を収集・分析するため、安全走行面の管理というイメージが強いですが、トラック事業者A社は改善基準告示を守るという法令順守面や採用面でも効果があったと、導入によるメリットを紹介しています。

※デジタコは、2024年4月1日より、貸切バスおよび一定規模以上の事業用トラック(7t以上または最大積載量4t以上)において、装着・使用が義務化されています。

【事例】 導入によるメリットがあった、トラック事業者A社

ドライバーは、デジタコの表示を見ながら、確実に労働時間を守れるようになった。無理な運行計画や運転もなくなり、体への負担も軽減され、事故が削減できた。労働時間を守って荷物を届けるために、積込・積卸の作業、点検や日報作成等の事務もテキパキ行うようになり、作業全体が効率的になった。無駄な早出もなくなり、労働時間内に仕事を終え、早く帰るようになった。

管理者は、精神的な教育ではなく、システムとしてドライバーをサポートできる環境ができた。運転時間指導が減り、配送の状況、荷物の状態、納品先での作業等、運送品質の強化のための協議や指導を十分行うことができるようになった。

経営者側は、採用が改善した。会社がコンプライアンスを遵守し、安全や健康に気を配っていることが、社員にも浸透し、ドライバーが辞めなくなった。荷主、納品先にも理解してもらい、取組が評価された。

出典:全日本トラック協会「『小規模トラック運送事業者のためのIT導入ガイドブック』及びITベスト事例集、動画」より要約

ドライブレコーダの活用法

ドライブレコーダは走行中や駐車中の映像・音声を記録し、事故時の証拠等に役立つ車載装置として、最近では一般車でも急速に普及しています。さらにIoT技術で安全と効率が向上し、空港特殊車両、船舶等過酷な環境での導入実績も多数あります。安全意識の高い運輸事業者では、デジタコとドライブレコーダをダブルで装着しているところもあり、事故時の映像記録として、重要な役割を果たしています。

ただ、活用に際しての課題と言えるのが、その解析に時間を要すること等から、活用の頻度はあまり高いとは言えません。いわば突発的な事案の「保険的」な役割を担っていて、使用方法はあくまで限定的かもしれません。次に示すトラック事業者B社は事故後に初めてドライブレコーダをチェックしました。

【事例】 活用しきれなかった、トラック事業者B社

事故後にドライブレコーダを確認すると、居眠り運転が頻繁に撮影されていました。同時にデジタコでは、多数の急ブレーキやヒヤリハットが確認されました。事故後の睡眠時無呼吸症候群(SAS)検査で初めて事故原因が明らかになりましたが、万全な安全装置を装備していたにもかかわらず、有効に活用されていなかった残念な事例と言えます。

今後は、これらの運行データを頻繁にチェックし、ヒヤリハットの多い人の体調管理や健診結果はどうなのか、事故多発者はひょっとしてSASではないかなどを、複合的にチェックする必要があります。つまり、運行データを頻繁に確認し、健康状態や体調管理とクロスしてみることで、事故予兆を探りだすことが必要です。このような合わせ技が有効的なデータ活用です。

データ活用と健康管理

健康経営におけるデータ活用

健康経営は、健康管理を経営的な視点で捉えて戦略的に実践し、健康と業績の関係性を解析し明らかにすることが求められます。そのため、健康経営の認証制度を経年で取得するには、データに基づく実績評価が不可欠になります。

そこで、初めて健康経営の認証制度にチャレンジしようとする企業にとって必要なことは、まず自社と個人の健康データの分析です。定量化できる健康データを集計、分析することで、現状の課題と具体的に取り組むべき方策が明確になります。

 

企業がなぜ「健康経営」に取り組まなければならないのか、ポイントを解説しています。

 

指標となる健康データとは?

出典:HOPE「定期健康診断結果から活用できるデータ」

まず指標となるのが、労働安全衛生法に基づく定期健康診断結果です。その中でも最も参考にされるのが、従業員全員の有所見率です。支店や営業所等が複数ある企業では、各拠点別(地域別)の分析も合わせて行うことで、それぞれの傾向が浮上し、取り組むべき課題がさらに明確になります。

有所見率以外に、定期健康診断結果をベースに、健康データとして参考にできる項目には下記のようなものがあります。これらの分析事例と対策事例を示しました。

・男女別・・・性別疾患の特徴を踏まえた検査の導入(前立腺検査、乳がん検査等)

・年齢別・・・シニア以上のリスクを踏まえた検査やサポート(がん検査、骨粗鬆症検査、転倒防止のための運動機能チェック、フレイル対策等)

・ハイリスク率(メタボリックシンドローム率)・・・脳・心臓疾患等重篤な疾患に繋がる、ハイリスク割合の指標でもあるため、全体の健康リスクが明らかになります。年度推移で全体のハイリスク割合の推移を見ていくことで、対策が可視化できます。成果は、労災や私病の件数・日数等に、徐々に表れてきます。

・疾病別有所見率(肥満・高血圧・脂質異常・高血糖)・・・生活習慣と密接な関係があるため、食事、運動等生活習慣改善への対策成果が見えてきて、従業員のモチベーションアップに繋がります。

・職種別・・・ドライバー、作業員、事務職、管理職等の区分があれば、業務の影響による病気の傾向が明確になります。(腰痛対策、メンタル等)*運輸ヘルスケアナビシステムには職項目があります。

・再検査・精密検査受診率・・・健康診断の結果、受診が必要と判定されても、かたくなに受診を拒否する人が一定の割合で存在すると言われています。しかし早期受診、早期治療は確実に入院や長期休業者の減少に繋がりますので、受診指導は、企業の本気度を示す大変重要な指標でもあります。

特定保健指導実施率・・・40歳から74歳までを対象とした、保健師等による生活指導で、健康経営認定に際してはこの実施率が重視されています。ただ現状では3割程度に留まっているため、実施率のアップが求められています。

出典:HOPE「ストレスチェック結果から活用できるデータ」

ストレスチェック制度の目的は、①労働者自身に自己のストレスへの気づきを促す、②高ストレス者を早期に把握し必要な支援につなげる、③職場環境の問題点を発見し改善する、 これらをとおし休職・離職を防止することにあります。

ストレスチェックを用いて集団分析を行うことで、結果に基づいた職場改善につなげられます。さらに、自社のデータと厚生労働省が公開している平均データと比較することで、自社の課題を洗い出し、改善の検討が可能になります。

※2025年5月の労働安全衛生法の改正により、労働者数50人未満の事業場もストレスチェック実施が義務となりました。実施までの猶予期間は2028年5月までの3年間で、事業者規模にかかわらず、ストレスチェックが求められるようになります。

生活習慣から見える健康データ

生活習慣病という名のとおり、日々の生活習慣と健康は密接な関係があり、因果関係に類するデータ項目としては重視すべきデータとも言えます。特に生活習慣は働き方と密接な関係があるため、就労世代の生活習慣は、個人と企業の両面において、注視すべきと言えます。また必要に応じて、企業からのプログラムの提供等、具体的なサポートが求められます。

・喫煙率・・・2022年より健康経営優良法人の評価項目に、「喫煙率低下に向けた取組」が追加されました。「卒煙」ともいわれる、喫煙率の低下が企業評価になっています。

・アルコール・・・適酒を超えた飲酒は、健康問題のみならず、不適切な言動、飲酒運転にも影響するなど、社会生活にも密接に関係しています。飲酒教育はアルコール摂取量の減少にもつながり、企業における対策評価の一環です。

生活習慣の3原則といわれる、「食事(栄養)」「運動」「休養(睡眠)」は健康の3原則でもあり、心身の健康を維持し向上させる最も基礎となるものです。これらの取組は、従業員のモチベーションと大きく関わりますが、取組前後の客観的なデータを見える化することで、行動変容が期待できます。
・食事(栄養)・・・朝食の欠食率、栄養バランス、し好品
・運動・・・運動習慣(ウオーキング等)、ストレッチ
・休養(睡眠)・・・睡眠時間と質、SASの有無、ストレスの有無等

評価の指標対象となるデータ

休職率、労働災害、日数等のデータは、取組全体の総合評価ともいえる大変重要な「点数」になります。経年で対策を積み重ねていくことで、徐々に総合点数がアップし、健康で安全な企業風土が醸成され、データ活用の成果が見えてくると考えられます。

 

企業がなぜ「SAS対策」に取り組まなければならないのか、ポイントを解説しています。

運行と健康データの一元管理

全日本トラック協会では、トラック運送事業者の事故防止を目的として、運輸ヘルスケアナビシステム®(以下、ナビシステム)を構築して、定期健康診断結果のフォローアップを行っています。ナビシステムでは、定期健康診断の法定項目以外に運輸事業者に必要な項目を一元的に管理できます。

付加項目:拠点区分、職種、勤務形態、時間外、SAS検査、適性検査、指導履歴、事故歴、軽度認知障害
付加項目のメリット:
・拠点別・職種別健康状態の把握により、個別の課題が明確になります。
・事故歴や適性検査等の事故防止のための項目と、健康管理面一体で把握できます。
・指導履歴が明確になるため、監査対応に利用できます。
・全ト協事業のため、業界平均や他社との比較が可能となります。

ここで、特に有効な活用法は、ナビシステムによって一元化されたデータのクロス分析です。

例えば、有効な項目データは、下記のようなものです。
・健診データ×残業時間×勤務形態⇒働き方の課題が浮上する⇒過重労働が懸念される
・健診データ×事故歴×適性検査結果⇒事故原因の究明に役立つ⇒健康起因事故や居眠り運転の予見

これらを実践的に活用するに当たってのポイントとなるのが、企業における部署間の情報共有と有効活用です。しかし、多くの企業にとって部署間をまたいでのデータ共有は、個人情報の取扱いも含めてハードルが高いと思われがちです。一般的に言われる「縦割り」に横軸をとおしていただき、このような貴重なデータはぜひ有効活用されることをお勧めします。

さらに、ナビシステム活用のメリットとして、定期健康診断の受診から医療機関への誘導、安全教育、生活習慣指導等を含めた一連の指導を記録に残すことができることです。それは事業者が行うべき安全配慮の裏付となり、時により企業に課せられかねない責任(賠償等による不利益)のリスク軽減に繋がります。

データ活用によるメリット

・従業員の性別、年齢、職種、役職、部署等をセグメント化して分析を行うことで、特定のグループごとの健康課題の把握ができます。
・客観的データに基づくことにより、平等性が保たれ、フェアな対応が可能になります。
・安全を守り、欠勤や医療費の発生確率を減らすことで、損害賠償や休業補償費等のコストが軽減します。
・事故が起きてから対処するのではなく、事故の予知・予防等の前兆を見つけることで、安全管理が実現します。

データ活用における注意点と対応

・収集するデータが不正確、または断片的な場合、間違った結論を導くリスクがあります。
・従業員の個人情報や位置情報等のデータ漏洩に注意が必要です。
・関係者以外のアクセス制御(必要最小限の権限付与)、データの暗号化、定期的なログ監視等、セキュリティ対策が不可欠です。
・データの収集・蓄積・分析環境の整備や、データを解析できる人材の確保等に、コストがかる場合があります。

まとめ

情報化の急展により、点呼をはじめとした運行管理のあり方等、安全に関わるシステムが目まぐるしく進化しています。

一方、企業における健康データの活用に関しては、多くの企業の健診結果が未だに紙ベースで、十分にフォローアップができていない現状を垣間見ると、道半ば感があります。現在、健康経営ではデータに基づく実績評価が求められ、大企業では広がりつつあるとは言え、中小企業までには浸透しきれていません。

運行と健康データの共有と活用には、従業員の健康管理を「紙から脱却」することがまず求められていて、その活用の推進と並行して、運行データとの融合があると考えます。各関係者の垣根を超えた、課題解決に向けてのアクションが求められます。

NPO法人ヘルスケアネットワーク(OCHIS) 副理事長 作本 貞子

国土交通省健康起因事故対策協議会委員        
健康起因事故防止ワーキンググループ委員
「安全と健康を推進する協議会」(両輪会)代表


【プロフィール】
2003年、居眠り運転と関連性の深い睡眠時無呼吸症候群(SAS)対策事業を日本でいち早く立ち上げ、全日本トラック協会や日本バス協会のSAS検査の指定機関等として突出した実績を持つ。
2017年、運輸業界向けに定期健康診断結果をフォローアップする運輸ヘルスケアナビシステム🄬を構築し、全日本トラック協会の受託事業として全国展開している。
安全と健康をテーマとして、全国的にセミナー講演や執筆活動を行っている。

●著書
「睡眠時無呼吸症候群(SAS)ガイドブック」 
「睡眠時無呼吸症候群(SAS)早わかりガイド」  
「睡眠ガイドブック」 
「運輸業界のためのSAS対策Q&A50」 他

●執筆
全日本トラック協会「健康起因事故防止マニュアル(改訂版とも)」
「新型コロナウイルス感染予防対策マニュアル」
自動車事故対策機構(NASVA)「運行管理者一般講習用テキスト29年版」 
国土交通省発出「SAS対策マニュアル改訂版」2015年8月の執筆に関わる。

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