カナダにおける製造物責任(PL)~米国との相違点を中心に~
公開日:2025年9月3日
その他

米国は製造物責任(PL)に関する訴訟件数が多く、賠償額の水準が高い国として広く知られています。一方で、米国と国境を接するカナダにおけるPLがどうであるかは、論じられる機会が少ないように思われます。
そこで、今回はカナダにおけるPLについて、米国との相違点を中心にみていきます。
基礎情報
まず、国としてのカナダと米国の相違点を整理します。

カナダと米国は、いずれも英国から独立した国家であり、それを背景として英語を主要な言語とし、英米法の考え方が受け継がれ、陪審制が採用されるとともに、判例法を中心とした法制度となっています(一部例外あり(注2))。
カナダは米国と同様に連邦国家であり、州および準州がそれぞれの法律と裁判所を備えています。そのため、両国ともに州や準州によって法律や運用が異なる場合がある点に留意が必要です。
一方で、カナダの人口は米国と比較して8分の1以下、GDPは10分の1以下となっています。こうした人口の相違は訴訟件数に、経済規模の相違は賠償額の水準に、それぞれ影響することが考えられます。
PL訴訟に関連する法制度
カナダにおけるPL訴訟に関連する法制度を、訴訟提起や賠償額水準に結びつくものに焦点をおいて、米国との比較を交えてみていきます(注3)。

まず、カナダにおいては、被告の製造物責任を認める上で原告の過失の立証を不要とする「厳格責任」の考え方が採用されていない点が挙げられます。そのため、カナダにおけるPL訴訟では、製品の欠陥に加え、被告の過失および被告の過失により欠陥が生じたことの因果関係の立証が原告に求められます。
また、訴訟に負けた場合の弁護士費用に関しては、カナダでは敗者負担(原告敗訴の場合は被告の訴訟費用も原告が負担、逆もまた然り)、米国では当事者負担が原告・被告それぞれ原則となっています。
こうした制度の違いから、カナダにおいては過失の立証や敗訴時の費用負担が、原告にとって、訴訟提起にあたってのハードルとなっていることが考えられます。
加えて、損害賠償に関しても相違がみられます。
身体的な不快感や精神的な苦痛に対する慰謝料(注4)は、米国においては賠償額の高騰の一因となっていますが、カナダにおいては上限が設けられています。カナダ連邦最高裁は1978年に、慰謝料の上限を10万加ドルとする判断を示しました。その後の物価の変動を考慮し、2024年第4四半期時点では約46万加ドル(約4,800万円)が上限として運用されています(注5)。米国では、ハワイ州が37.5万米ドル(約5,300万円)を上限とする規定を設けていますが、こうした上限を設けている州はあまりみられません。
特に被告が非難されるべき事情が存在する場合等に、損害を補填する賠償に加え、制裁としての賠償を課す懲罰賠償制度は、カナダ、米国の双方に存在します。しかし、その運用においてカナダは米国より抑制的であり、懲罰賠償が示される頻度は稀で、米国と比較して金額も小さいとされています(注6)。一方の米国では、填補賠償の数倍から数十倍を超える懲罰賠償が課せられるケースがしばしばみられます(注7)。
以上から、カナダにおいては米国と異なり、慰謝料や懲罰賠償が青天井とならないような仕組みが連邦レベルで設けられているといえます。
さらに、裁判のあり方も異なっています。
前述のとおり、カナダと米国の両国で陪審員制度が導入されているものの、カナダにおけるPL訴訟は裁判官のみによって裁かれることが一般的となっています(注8)。米国では、原告・被告のいずれか一方の要請があれば陪審による裁判を行うルールとなっているため、PL訴訟も通常は陪審員が審理し、賠償額を含めた判断を下すことになります(注9)。
米国における陪審員裁判は、事実認定が情緒的となったり、賠償額が莫大となる傾向が指摘されていますが(注10)、カナダにおけるPL訴訟ではこうした問題が生じる恐れは小さいと考えられます。
EUにおける製品安全やPLに関連した法案の審議について解説しています。
訴訟に関するデータ
最後に、訴訟件数や賠償額の水準についてみていきます。
カナダ統計局のWebサイトでは、民事訴訟全体の件数や分野ごとの訴訟件数が掲載されています。PL訴訟という括りでの件数は示されていないものの、PL訴訟を含むと考えられる「その他不法行為」に分類される訴訟は過去5年間で2万件を下回る件数で推移しています(注11)。
一方、米国の連邦裁判所のWebサイトに掲載されている情報では、最新の2024年の連邦地方裁判所におけるPL訴訟の件数は5万5,000件余りとなっています(注12)。
これらの数字は前提が異なるため、単純比較はできませんが、カナダにおけるPL訴訟件数は米国の半分以下であると推察されます。
賠償額の水準については、いずれの国においても公的な統計データは出されていません。トムソン・ロイターの調査では、2020年の米国におけるPL訴訟の評決額の中央値は約390万ドルとなっています(注13)。
カナダにおける同様のデータは見当たりません。しかし、カナダにおいては前述のとおり、懲罰賠償は稀であり、慰謝料に上限が求められていることから、損害賠償の内訳は財産的損害(治療費や休業損害等)や物的損害(毀損した物の修理費等)といった現実に発生した損害が主となっていると考えられます。
以上のとおり、カナダと米国の国としてのあり方やPLに関する法制度は共通する部分も多い一方、慰謝料や懲罰賠償、陪審制度等に関する運用に差異がみられます。定量的な比較に限界はあるものの、米国を比較した場合、カナダにおいて事業者が訴訟に巻き込まれたり、高額賠償の支払いを命じられるリスクは相対的に小さいと考えられます。
ただし、事業者においてはリスクを過小評価せず、基本的な製品安全対策を徹底するとともに、事業規模や扱う製品に合わせた適切な保険の手配等を行うことが求められます。
(注1)表中の情報および関連する以降の説明は外務省ウェブサイトのカナダ基礎データおよび米国基礎データに基づく。ただし、国家形態および法系は弊社保有の情報を記載した。
(注2)それぞれの成り立ちに由来し、カナダのケベック州、米国のルイジアナ州はそれぞれフランス法を継受している。
(注3)カナダにおけるケベック州は他州と法制度や運用が異なる場合が多いため、以降では原則としてケベック州以外における制度を前提とする。
(注4)本稿では”Pain and suffering”への訳語として「慰謝料」をあてた。なお、カナダにおいては同種の損害は”General damage”とも呼ばれる。
(注5)LEXPERT “The basics of pain and suffering compensation”に基づく。
(注6)BCLG “Product Liability Handbook The Canadian Legal Landscape”に基づく。
(注7)著名な事例として、1982年にニューメキシコ州のファーストフード店のホットコーヒーにより消費者が重度のやけどを負ったことに起因する裁判では、填補賠償16万ドルに対し、懲罰賠償270万ドルの支払いが命じられた。
(注8)BCLG “Product Liability Handbook The Canadian Legal Landscape”に基づく。
(注9)第二東京弁護士会「米国訴訟の実務」に基づく。
(注10)日本貿易振興機構(ジェトロ)「輸出時におけるPL法の対策・留意点:米国」に基づく。
(注11)Statistics Canada “General civil court cases, by type of action, Canada and selected provinces and territories”に基づく。
(注12)United States Courts “Table C-11—U.S. District Courts–Civil Judicial Business (September 30, 2024)”に基づく。
(注13)Thomson Reuters “Current Award Trends in Personal Injury, 61st edition”に基づく。
MS&ADインターリスク総研株式会社発行のPLレポート(製品安全)2025年6月号を基に作成したものです。

MS&ADインターリスク総研株式会社
企業や組織のリスクマネジメントをサポートするコンサルティング会社です。
サイバーリスク、防災・減災、BCM/BCP、コンプライアンス、危機管理、企業を取り巻く様々なリスクに対して、お客さま企業の実態を踏まえた最適なソリューションをご提供します。
また、サステナビリティ、人的資本経営、次世代モビリティといった最新の経営課題にも豊富な知見・ノウハウを有しています。中堅・中小企業にも利用しやすいソリューションも幅広くラインナップしています。