弁護士が解説!企業が問われる法律上の損害賠償責任とは ~自然災害(土地工作物責任)における訴訟事例~
公開日:2024年4月24日
自然災害・事業継続
近年、企業の信頼性や財務、ブランドイメージ等に深刻な影響をおよぼす訴訟リスクが高まりをみせており、訴訟リスクに備えることの重要性が増しています。「企業が問われる法律上の損害賠償責任」をテーマとして、計3回にわたりご案内します。
初回は、自然災害等の不可抗力に起因する訴訟事例について、土地工作物責任の要件とともに具体的な事例をお伝えします。
はじめに
台風、地震等の自然災害時に、企業自らの所有物が第三者の所有物を損傷するなどの損害を与えたときは、不可抗力の要素が大きければ、第三者に対する損害賠償責任を負わない可能性が大きくなります。
一方で、自然災害時に発生した事故に関し、損害賠償責任について当事者間で争う場合は、土地工作物責任¹ や一般不法行為責任² が論点となります。
土地工作物責任の要件とともに、裁判例において、自然災害の際に損害賠償責任を負わなかった事例をご紹介します(一般不法行為責任については次回解説します)。
土地工作物責任とは
土地工作物責任とは、土地工作物(※)の設置または保存に瑕疵があることによって、他人に損害が生じたときは、その工作物の占有者または所有者が、被害者に対してその損害を賠償する責任を負うというものです。
例えば、建物の外壁が剥がれ落ち、通行人に当たりケガをした場合や、車が破損した場合に、建物の占有者または所有者が損害賠償責任を負うことになります。
※土地工作物:土地に定着しているものだけではなく、土地の工作物としての機能を有するものいいます。例:道路、橋、トンネル、建物、石垣、塀 等々
土地工作物責任の法律要件(※)(以下、要件)は、以下のとおりです。
※法律要件:一定の法律効果が生ずるために必要とされる事実。
上記①~⑥については、被害者(損害賠償を請求する者)が証明する必要があります。
主な要件の意義等
(1)土地の工作物が通常備えているべき安全性の欠如(要件②)
通常 備えているべき安全性の欠如とは、一般に、瑕疵と言われています。瑕疵は、工作物の構造、用法、場所的環境、利用方法等の諸般の事情を総合考慮して個別具体的に判断され、加害者の故意・過失の有無を問いません。
(2)損害(要件④)
侵害行為がなかったとしたらあるべき財産状態と、侵害行為がなされた現在の財産状態との差を金銭で表示したものと解されています(差額説)。
例えば、自動車が損傷して全損のときは、当該自動車と同一の車種・年式・型・同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得するのに要する価格が損害になります。
(3)因果関係(要件⑤)
土地の工作物の瑕疵を原因として損害が発生することをいいます。
土地工作物責任は、土地の工作物の瑕疵と損害との間に因果関係があれば足り、自然力の作用が近因である場合と、被害者の行為が近因である場合を問いません³。ただし、被害者の行為が原因である場合は、後記3(2)の過失相殺が適用される可能性があります。
(4)工作物の占有・所有(要件⑥)
占有者は、一次的に責任を負います。所有者は、占有者が、損害の発生を防止するのに必要な注意をしたことを証明したときに、二次的に責任を負います⁴。所有者の責任は、過失の立証を要しない無過失責任であって、免責事由は存在しません。
加害者(損害賠償を請求される者)の反論
加害者の反論としては、大きく分けて、「否認」と「抗弁」があります。
(1)否認
否認とは、相手方の主張と両立しない事実を主張することをいいます。
例えば、被害者(損害賠償を請求する者)が、過失の内容として、「適切な養生をしていなかった。」と主張した際に、加害者(損害賠償を請求される者)が、「適切な養生をしていた。」と反論することです。この場合、「適切な養生をしていなかったこと」と「適切な養生をしていたこと」は両立しませんので、加害者の反論は、「否認」となります。
(2)抗弁
抗弁とは、相手方の主張する事実と両立する一方で、その請求を成り立たなくさせる事実をいいます。
主な抗弁としては、以下のものがあります。抗弁は、加害者(損害賠償を請求される者)が証明する必要があります。
例えば、①過失相殺は、土地工作物責任が発生する場合に損害額を減額するものであり、被害者(損害賠償を請求する者)の主張と両立する事実であるため、抗弁となります。
裁判例
自然災害の際に土地工作物責任の成否が問題となった裁判例をご紹介します。⁵
(1)事案の概要
台風のため、Yが所有する屋根付き車庫の壁、屋根等が飛散し、隣接するXが所有する建物に当たったため、当該建物(外壁、給湯器、ブロック塀)等が損傷しました。そのため、Xは、Yに対し、土地工作物責任に基づく損害賠償として、補修費用相当額と弁護士費用を請求しました。
(2)被害者(X)の主張についての裁判所の判断
被害者(X)の主張(土地工作物責任の要件)について、裁判所は、以下のとおり判断しました。
(3)加害者(Y)の反論についての裁判所の判断
加害者(Y)は、被害者(X)が被った損害は不可効力の要素が大きいと主張した結果、上記(2)のとおり判断し、認められました。
企業の備え
裁判例においては、観測史上2位の最大瞬間風速(毎秒39.4メートル)が記録されたこと等から不可抗力の要素が大きいことが認められたため、法律上の損害賠償責任は生じないと判断されました。
しかし、極稀に、たとえ台風であったとしても、建物の設置または保存に瑕疵があると判断し、当該建物の所有者に対し、土地工作物責任に基づく損害賠償責任を認めるケースも存在します。上記裁判例を踏まえると、自社が所有または賃借するビル等の看板、パネル等についても、強風等によって落下するおそれがないかを定期的に点検し、ぐらつき等があるのであれば、適切に補修等をする必要があるでしょう。
また、法律上の損害賠償責任が生じない場合は、損害保険会社が取り扱う保険商品(賠償責任保険)においても補償されないケースが一般的です。しかし、保険会社によっては、今回ご紹介した不可抗力が認められた事例であっても、被害者に対して見舞金の一部を補償する商品も販売されていますので、この機会にご検討されることも備えの一つかと思います。
次回予告
次回は、自然災害等の不可抗力に起因する訴訟事例について、一般不法行為責任の要件とともに、具体的な事例をお伝えします。
¹民法717条1項
²民法709条
³大審院大正7年5月29日判決
⁴民法717条1項ただし書
⁵京都地方裁判所令和2年11月2日判決
2008年東京弁護士会登録、TMI総合法律事務所勤務。その後、厚生労働省大臣官房総務課勤務(国の代理人として、多数の行政訴訟や民事訴訟に関与)を経て、同事務所復帰。紛争案件全般のほか、労働法、ヘルスケア分野を中心とした法律業務に従事している。