最低賃金引上げに向けた取組とは?企業への影響と対策を詳しく解説

公開日:2025年12月22日

人手不足

最低賃金引上げとは、国が取り組む重要な労働施策の一つです。最低賃金は地域や業種によって決められ、社会情勢に合わせて毎年改定されています。

今回は最低賃金に関する基本的なルールを確認した上で、現在の設定や今後の見通しについて詳しく見ていきましょう。また、最低賃金引上げに対応するため、個別の企業に求められる取組についても解説します。

最低賃金の日本における定義

日本では、「最低賃金法」に基づき、国が賃金の最低限度を定めています。使用者は労働者に対して、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならないとされており、この制度を「最低賃金制度」と呼びます。

最低賃金には、適用対象に応じて「地域別最低賃金」と「特定最低賃金」の2種類があるのが特徴です。地域別最低賃金とは、産業や職種にかかわりなく、同一の都道府県内で働くすべて労働者・使用者に適用される最低賃金です。

一方、特定最低賃金は、特定の地域内における特定の産業で働く基幹的労働者(主要な業務に従事する労働者)と使用者に適用されます。なお、最低賃金には、毎月事業主から支払われる割増賃金、精皆勤手当、通勤手当、家族手当等は含まれません。

あくまでも、毎月支払われる基本的な賃金が対象とされています。

2025年10月以降の最低賃金

地域別最低賃金は、物価等の状況に合わせて毎年改定されています。改定のタイミングは都道府県ごとに異なるものの、おおむね10月から12月の間で行われています。

最低賃金額や引上げ幅も都道府県によって異なりますが、2025年は全国的に過去最高水準の引上げとなる見通しです。厚生労働省が公表している『令和7年度地域別最低賃金答申状況』によれば、2025年度における地域別最低賃金額は以下のとおりです。

 

最低賃金の引上げ推移

日本の最低賃金は、「中央最低賃金審議会」から提示される引上げ額を基に、各都道府県労働局長が毎年改定しています。2021年度~2025年度の推移を見ると、5年連続で過去最高額を更新しており、賃金引上げの傾向が続いていることがわかります。

全国加重平均額は、「各都道府県の最低賃金×労働者数÷全国の総労働者数」で算出されます。2025年度は66円/時(引上げ率6.2%)の引上げ額となっており、過去5年で見ても特に大きな上昇率となっているのが特徴です。

最低賃金の課題を取り巻く環境

最低賃金はさまざまな要因によって決められます。ここでは、特に大きな影響を与える要素を3つピックアップし、現況を詳しく見ていきましょう。

人手不足による労働力確保

賃金を決める大きな要因として、労働力の需給バランスが挙げられます。現在の日本は少子高齢化の影響で深刻な人手不足が続いており、今後も明確な解消の見通しは立っていません。

需要に対して供給が大幅に不足しているため、賃金の引上げは自然な動きであると言えます。また、日本の最低賃金は他の先進国と比べると相対的に低いため、外国人労働者の人材獲得競争でも不利になりやすいのが現状です。

こうした現状から、国内の働き手だけでなく、海外からの働き手を呼び込むためにも最低賃金の引上げは重要な課題となっています。

帝国データバンクの調査によると、人手不足倒産の急増は止まらず、年度上半期の過去最多を更新しています。本ニュースでは、人手不足の諸課題について解説しています。

 

物価上昇による家計支出の増加

国として最低賃金の引上げに取り組む理由の一つには、物価上昇による家計への影響も関係しています。総務省が公表している「消費者物価指数」によれば、2020年度を100とすると、2024年度の総合指数の平均は109.5です。

前年比で見ても+3.0%の大幅な上昇率であり、今後も物価の上昇が見込まれています。消費者物価指数は、国民の生活水準やインフレの全体像をつかむ上で重要な指標とされており、急速な物価の高騰は家計を圧迫する要因と考えられます。

賃金引上げは、家計支出の増加に対応する上でも重要な施策となっているのが実情です。

 

政治的な目標

政府は、国の重要な施策の一つとして、「2020年代に全国平均1,500円」という最低賃金の目標値を掲げてきました。国民生活の安定をめざす上でも、物価上昇を上回る賃上げは重要なテーマであり、現政権でも賃金引上げの動きは引き継がれると考えられています。

ただし、具体的な目標については経済動向の影響を受ける面もあり、政治的判断によって変化していく可能性があります。

最低賃金を引上げることで生じる企業への影響

最低賃金の引上げは、労働者にとって生活を安定・向上させるきっかけになり得る一方で、個々の企業においてはマイナス面でも影響も懸念される課題です。ここでは、最低賃金の引上げにより、企業にはどのような影響が生じるのかについて、賃金の変化もシミュレーションしながら見ていきましょう。

人件費の負担増加

最低賃金の引上げは、企業にとって人件費の負担増につながる大きな要因です。特に従業員数の多い企業や、アルバイト・パートの労働者を多く雇用している企業では、より直接的な影響を受けやすいと言えるでしょう。

人件費が大きくなれば、当然ながら利益を圧迫する要因となるため、企業としては何らかの対策を講じなければなりません。例えば、実現可能性が高い具体的な方法としては、人員整理による人件費の抑制が挙げられます。

しかし、安易に人的リソースを削減しようとすれば、企業の成長力には悪影響をおよぼす恐れもあります。より長期的な視点で持続可能な経営を行うためにも、まずは賃上げによってどの程度の負担増になるのか、具体性のあるシミュレーションを行うことが重要です。

時給をアップした時のシミュレーション

賃金を引上げる場合には、基本給だけでなく社会保険料や雇用保険料への影響も考慮しておく必要があります。従業員の賃金を引上げることで、人件費は具体的にどのくらい増えるのでしょうか。

ここでは、賃上げ前後の人件費の変化について、具体例を用いてシミュレーションしてみましょう。シミュレーションにあたって、主な条件は以下のように設定しました。

なお、引上げ額については、2025年度における全国加重平均引上げ額(66円/時)を参考に設定しております。

シミュレーション条件

・労働条件:1日8時間、週5日間勤務(月平均所定労働時間163.3時間)のパート従業員
・勤務地:東京都、年齢:40歳未満、業種:一般の事業、健康保険の種類:協会けんぽ、賞与:なし
・引上げ前賃金:1,150円/時
・賃金引上げ額:70円/時
・引上げ後賃金:1,220円/時

賃金引上げ前

・基本給:1,150円/時×163.3時間=187,795円
・社会保険料+労働保険料の会社負担分=28,489円
・人件費月間合計:216,284円
・人件費年間合計:2,595,408円

賃金引上げ後

・基本給:1,220円/時×163.3時間=199,226円
・社会保険料+労働保険料の会社負担分=30,003円
・人件費月間合計:229,229円
・人件費年間合計:2,750,748円

具体的な計算結果は細かな条件によって異なりますが、上記のケースでは年間で1人あたり15万円近くの負担増となりました。従業員数や雇用条件に応じて結果は大きく異なるため、自社の状況に応じて丁寧に試算しておくことが大切です。

最低賃金を取り巻く状況について解説しています。

 

最低賃金法に違反した時の罰則

最低賃金法には罰則規定があり、違反した場合には30万円以下または50万円以下の罰金を科せられる可能性があります。また、未払い分の賃金は、差額に遅延利息を上乗せして支払う義務が生じます。

前述のように、最低賃金は毎年変化しており、下限を下回った場合のペナルティも決して小さくありません。最低賃金の動きは必ずチェックし、自社のルールが法令に抵触していないかを丁寧に確認しましょう。

また、最低賃金法に違反するケースとしては、次のようなものが挙げられます。

  1. 地域別最低賃金が適用されるはずの労働者に、地域別最低賃金未満の賃金を支払っている

  2. 特定最低賃金が適用されるはずの労働者に、地域別最低賃金未満の賃金を支払っている(地域別最低賃金より特定最低賃金の方が高い場合)

  3. 特定最低賃金が適用されるはずの労働者に、特定最低賃金未満の賃金を支払っている

特に、特定最低賃金については都道府県と産業によって細かく決められているため、該当する区分は必ずチェックしておきましょう。特定最低賃金の全国一覧については、以下の厚生労働省のページから確認することができます。

 

最低賃金引上げのコスト増を軽減させる対策

最低賃金の引上げは、従業員数が多い企業ほど負担が大きくなります。年間で見れば1人あたり10万円以上の負担増につながる可能性もあるため、経営の持続性を高める意味でも、こまめに対策を見直すことが重要です。

ここでは、人件費のコスト増に対する具体的な取組について見ていきましょう。

価格の見直しに取り組む

まずは、価格戦略を見直して、売上の向上をめざすのが基本的な取組となります。商品やサービスの価格を見直し、売上の増加を通じて最低賃金の引上げによる影響を吸収するのが理想です。

しかし、単に価格転嫁を行うだけでは市場での競争力が損なわれ、顧客離れを引き起こすリスクが生じます。そこで、品質の向上やサービスの拡充に取り組み、価格の上昇に対して一定の納得感を持たせることが重要となります。

また、利益の薄い商材を整理しながら新たな商品やサービスを投入するなど、さらなる成長をめざすことも重要です。

生産性の向上を推進する

人件費の高騰を吸収するためには、業務を効率化し、生産性の向上を通じて利益を確保していくことも大切です。具体的には、ITやAIツールの導入により業務フローを効率化し、少ない人員でも無理なく業務を回せる仕組みを整えるといった方法が考えられます。

あるいは、ルーティン業務を自動化して、既存の人員をより重要性の高いコア業務に集約させるといった取組も効果的です。従業員のスキルアップを図り、付加価値の向上を継続できれば、賃金引上げと企業の成長をどちらも実現させることにつながります。

賃上げ促進税制を活用する

賃上げに取り組む企業は、「賃上げ促進税制」を活用できる可能性があります。賃上げ促進税制とは、「中小企業者等」が前年度より給与等支給額を増加させた場合に、その増加額の一部を法人税から控除できる制度です。

中小企業者等とは、「資本金・出資金の額が1億円以上の法人」あるいは「資本または出資を有しない法人のうち、常時使用する従業員数が1,000人以下の法人」「協同組合等」を指します。これらの中小企業等が、従業員の給料や賞与等を一定以上引上げた場合に、要件を満たしていれば法人税が減額されます。

2024年の税制改正では、企業規模と給与等支給額の増加率、適用控除率が見直され、より活用しやすい仕組みとなりました。詳しい制度概要は、以下の中小企業庁のガイドブックにまとめられているので、チェックしておくと良いでしょう。

 

補助金や助成金を活用する

賃上げ促進税制以外にも、国は賃上げに役立つ制度を多数用意しています。

■業務改善助成金

生産性向上のための設備投資等を行い、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)を一定額以上引上げた中小企業や小規模事業者に対して、費用の一部を助成する制度です。設備投資等には、機械設備の導入だけでなく、コンサルティング利用料や人材育成、教育訓練費用等も含まれます。

 

■キャリアアップ助成金

キャリアアップ助成金にはさまざまなコースが設けられています。そのうちの一つである「賃金規定等改定コース」では、有期雇用労働者などの基本給を3%以上増額した場合に、増額率に応じた助成金(中小企業では4~7万円)が支給されます。

 

■働き方改革推進支援助成金(団体推進コース)

業種別の事業主団体等(中小企業事業主の連合団体等)が、業界全体として傘下企業の生産性向上と労働者の賃金引上げを目的とした取組を行う場合に助成金が支給される制度です。取組の例としては、販路拡大のための市場調査や新たなビジネスモデル開発等が挙げられます。

 

■専門家派遣・相談等支援事業

生産性向上等の経営改善に取り組む中小企業に対し、専門家の派遣や相談受付をワンストップで担う窓口です。労働条件管理や人手不足の対応、活用できる助成金の種類等、個別の具体的な課題について専門家に相談できる仕組みとなっています。

 

まとめ

最低賃金の引上げは、物価高や労働力不足を解消するための国を挙げた取組です。一方、企業にとっては人件費の高騰につながる大きな要因であり、急速な対策が求められる課題でもあります。

最低賃金のクリアは最低賃金法で定められた義務であり、違反すれば罰則の対象となる恐れがあります。自社に適用される最低賃金を正しく把握し、現状で下回る可能性がある場合は、どのように水準をクリアしていくべきかを検討しましょう。

また、既に水準はクリアしている企業も、今後も最低賃金が引上げられていく可能性を想定し、生産性の向上や売上の増加といった対策に着手することが重要です。

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