首都直下地震の被害想定見直しと企業の対策
公開日:2026年5月22日
自然災害・事業継続

2025年12月19日、中央防災会議は首都直下地震の被害想定を12年ぶりに見直しました。
今回の被害想定において、中央防災会議は(1)従業員を含む「人」を起点とした課題、(2)企業の本社系機能の継続性確保、(3)過酷事象等への備えの3つに着目していると考えられ、企業としての対策を求めています。
本稿では、上記3つの着目ポイントを踏まえつつ、企業の取るべき対策の例や、対策を検討する上での留意点について解説します。
はじめに
2025年12月19日、中央防災会議は「首都直下地震の被害想定と対策について(報告書)~首都中枢機能を維持し、膨大な人的・物的被害を減らすために、私たちみんなが「自分ごと」として捉え、ともに立ち向かっていく~」を公表しました。前回の被害想定(2013年)から約12年ぶりの見直しです。
今回の被害想定では、最新の科学的知見に基づき、想定される地震タイプと震度分布・津波高を踏まえ、これらハザードによる直接的・間接的な被害想定を算出していることに加え、首都圏を取り巻く状況の変化とその社会的影響を念頭に置きつつ、これまでの防災対策の進捗や平成28年熊本地震・令和6年能登半島地震の教訓を踏まえて、今後取るべき対策の方向性を示しています。
本稿では、今回の見直しに当たり、中央防災会議が特に着目したポイントを整理した上で、企業に与える影響や取るべき対策等について、事例等を交えながら解説します。自社の現状と照らし合わせ、対応を見直すきっかけとしてください。
企業の地震対策の重要性と、被害を抑えるために取り組むべき施策、オフィスに備えておくべき備蓄品リストについて解説しています。
今回の被害想定において中央防災会議が着目したポイント
まず、今回の被害想定において強調されている項目のうち、特に企業活動への影響や対策検討の必要性の観点から、中央防災会議が着目していると考えられるポイントを解説します。
(1)従業員を含む「人」を起点とした課題
今回の被害想定では、人的・物的被害の軽減に向けた対策を提言するにあたり、その前提として、防災意識の「自分ごと」化を強く求めており、従業員を含む「人」を起点とし、意識・行動変容の必要性や職場への影響を左右する課題を示唆する記述が目立ちます。
①平時からの防災意識の向上(「自分ごと」化)
首都直下地震による人的・物的被害といった直接被害の絶対量は、この間のさまざまな対策の進展により、前回の被害想定に比べると軽減する傾向となっている一方で、首都中枢機能が極めて高度に集積し、かつ、我が国の人口の約3割が居住している首都圏が被災することによる社会的影響は、依然として甚大であると言わざるを得ません。
こうした中で、中央防災会議は、事前防災に総力を挙げて取り組むために、自然災害に対して「行政が守る者、国民が守られる者」という考え方から、「国民、企業等、地域、行政がともに災害に立ち向かう」という考え方へ転換する必要があり、そのためにも、「防災意識の醸成(自分ごと)化、社会全体での体制の構築」に取り組まなければならない、と警鐘を鳴らしています。
対策推進の国民的気運を高めるため、首都直下地震等に関する知識や日頃からの備えとして、地域の災害リスク情報の周知と納得して具体的な行動を取るためのリスク・コミュニケーションの充実・強化、防災教育の充実、訓練等を通じた地方公共団体や企業等の災害対応力の強化が必要とされています。
振り返ると、前回の被害想定では、防災教育の推進や防災意識の向上等については、推進していくべき「当然のこと」とされ、ほぼ書き込まれませんでした。しかし、今回の被害想定では、防災意識の向上に向けた記載が随所に見られることに加え、報告書の副題に「『自分ごと』化」が冠されるに至っています。
前回の被害想定から10年以上が経過した今もなお、首都直下地震が国民生活におよぼす影響は非常に大きい状況は続いており、「行政が守る者、国民が守られる者」という考え方の転換を急がねばらないとの危機感が伺え、今回の被害想定において中央防災会議が最も伝えたいメッセージと言えるでしょう。
②家庭の防災
首都直下地震の発生後には、膨大な数の住民が避難所に集中し、避難所の定員を大幅に超過することが想定されます。このため、避難所の負荷を減らし、真に必要とする人へ支援が行われるよう、至急の支援を要しない場合は在宅避難が推奨され、そのための事前の備えとして、個々の住宅等の耐震化や備蓄品の確保等、家庭の防災についても言及されています。
本来、家庭での初期的な安全確保や避難対応は従業員個人やその家族の責務ですが、発災時に「自宅に安全な場所を確保できない」「夜間・休日の発災で出社せず家庭対応を優先する」といった事態が相当数発生すると、従業員の安全確保優先によって業務が停滞し、早期復旧の機会を失いかねません。
こうした事態に備え、企業においても、家庭の防災対策について一定程度の啓発が必要であるとともに、テレワーク等の遠隔就業手段や被災時の連絡・業務代替体制の整備の必要性が示唆されています。
前回の被害想定では、各家庭における備蓄の推奨が簡潔に記載される程度でしたが、今回の被害想定では、前述の「自分ごと」化を推進する観点から、自助の強化として個人・家庭が取るべき行動への記載が大幅に増加しており、中央防災会議が強調したいポイントと言えそうです。
③従業員環境の多様化がもたらす影響
中央防災会議は、社会構造の変化がおよぼす影響の一つとして、首都圏の共働き世帯の増加を挙げています。共働き世帯では、保護者が帰宅困難者となることによって、保育所や学校へ子どもを迎えに行けなくなる状況が発生するほか、臨時休校が続くことで日中の世話が必要となり、従業員が出社できなくなる可能性を提示しています。
また、災害時に支援を必要とする者への対応強化も課題として提起されています。この10年間において、我が国における労働市場の構成は大きく変貌を遂げています。2021年の高年齢者雇用安定法の改正による70歳までの就業機会確保の促進や、障害者雇用促進法の累次の改正による雇用義務の拡大(精神障害者の雇用義務化や法定雇用率の引き上げ等)により、従業員として働く高齢者・障害者の数は増加の一途を辿っています。
平時であれば自律的に働くことができる従業員であっても、災害時における過酷な環境下では、医療・福祉サービスの利用者であるか否かにかかわらず、身体的・精神的に大きなダメージを受ける恐れがあり、ケアの必要性が増すことを念頭に置かなければならないです。
さらに、近年は外国人労働者の増加も著しいです。災害時は外国語での情報提供が限られ、言語の壁により得られる情報量が少なくなるほか、地震に関する知識や経験の少なさ故に適切な避難行動をとれずに火災等に巻き込まれたり、発災後の混乱の中、帰国手段の情報がなく身動きが取れなくなったりするなど、発災後の混乱による悪影響を受けやすい恐れがあると指摘されています。
従業員環境の多様化は、ある意味で、企業活動に影響を与える最も大きな社会構造の変化と言えるものです。今回の被害想定においても大幅に記載が増えており、対策の検討が促されている点に注意が必要です。
④業務に従事できる従業員の不足
近年、労働力人口の減少に伴う人手不足の影響により、各企業が対応に苦慮する中で、ただでさえ人的リソースが棄損する可能性の高い災害時において、出社できない、あるいは平時に比べて職務遂行レベルが大幅に低下してしまう従業員が想定以上に多くなることは、企業等の業務継続や早期復旧に大きな支障をおよぼします。
今回の被害想定では、先述のように、子どもを持つ共働き世帯や高齢従業員・障害を持つ従業員の出社困難に加え、鉄道運休の長期化により物理的に出社困難な状況が続く可能性があるため、企業として、災害時にテレワークによる事業継続が可能となるように検討してBCPに反映するとともに、平時からテレワークを促進しておく必要があると言及されています。
先述のように在宅避難が推奨されていることとも合わせ考慮しますと、出社のみに頼らず業務に従事できる従業員をいかに確保するかがポイントとなってきます。なお、被害想定の中で対応策として提示されたものはテレワークのみですが、それ以外の選択肢も考えられます。具体的な対応策については後述します。
⑤一斉帰宅の抑制
大規模地震発生時における帰宅困難者対策の必要性については、2011年の東日本大震災を契機として、一般的に広く認識されるに至り、ガイドラインや条例制定がなされるなどの対応がなされてきました。前回の被害想定でも課題として提示されてきましたが、今回の被害想定においても改めて警鐘を鳴らしています。
鉄道等の公共交通機関の運転取りやめ等に伴い、人々が徒歩等で一斉に帰宅すると、歩道からあふれ応急活動の妨げになるほか、帰宅困難者自身が集団転倒等の二次被害に巻き込まれる恐れがあることから、発災後72時間が経過するまでの待機を求めています。
また、72時間経過後においても、電車等の公共交通機関が使用できない恐れがあり、大量の帰宅困難者が一斉に移動を開始すると、新たな混乱をもたらす可能性も指摘されています。このため、今回の被害想定では、72時間経過後の分散帰宅の徹底の必要性が新たに記載として加わっている点も注目が必要です。分散帰宅のための帰宅ルートやグルーピングの検討が必要となります。
さらに、分散帰宅を行うこととなると、場合によっては会社内に4日以上待機する従業員が発生し、備蓄物資が枯渇する可能性があり、企業としても対策が迫られます。
2024年7月に改定された内閣府「大規模地震発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」について解説します。
(2)企業の本社系機能の継続性確保
首都圏には、我が国の政治、行政、経済の中枢を担う機関が高度に集積しており、首都直下地震によりこれらの中枢機能に障害が発生した場合、我が国全体にわたって国民生活や経済活動に支障が生じることから、今回の被害想定では、首都中枢機能の確保を大きなトピックとして取り上げています。
企業も例外ではなく、首都圏に集中している本社系機能の停滞・低下は、全国のサプライチェーンや顧客・取引先に影響がおよびます。自社建物が被災する場合はもちろんですが、ライフライン被害(特に電力と通信)や周辺の交通インフラ被害、首都圏に集積するデータセンター被災による IT システム被害等により、企業活動全体が停滞する恐れがあることから、中央防災会議は、首都圏外への本社系機能の一時的移転等、機能継続に向けた具体的な手法を提言に盛り込んでいます。
前回の被害想定においても、本社系機能の停滞がおよぼす影響について言及はあったものの、具体的に企業が取るべき具体的な対策手法への言及は見送られていました。今回の被害想定で手法が提言されたことを踏まえると、中央防災会議が企業に対して、一歩踏み込んだ対策の検討を促す意図があることが垣間見えます。
(3)過酷事象等への備え
さらに、今回の被害想定では、首都直下地震の発生時に、基本的な被害想定を超えて発生する可能性がある過酷事象等への対応の記載が増加している点も特徴です。
前回の被害想定では、交通施設の被災、火力発電所の大規模被災、コンビナート等における大規模災害等への記載が見られましたが、2013年以降の災害事例を踏まえ、首都圏全域での大規模停電(ブラックアウト)の発生等の過酷事象の例示が増加したほか、複数の自然災害の同時発生やサイバー攻撃等が重なる複合災害についての記載が新たに加わっており、単なる地震災害への対応のみでは有事を乗り切ることができないことを示している点が大きなポイントです。
過酷事象は決して過大な想定ではないです。例えば、2018年9月に発生した北海道胆振東部地震では、北海道全域で大規模停電(ブラックアウト)が発生しました。主力となる火力発電所だけでなく、風力・水力等の各発電所が大量に停止したことで、日本で初めてとなるエリア全域におよぶ停電となり、全面復旧に約2日を要しました。
この間、公共交通機関が全線運転見合わせとなったほか、一時的に災害基幹病院において通常の救急対応ができない状態も発生するなど、影響の大きさが注目を浴びました。同様の事態が首都圏において発生すると、企業活動にも大きな影響をおよぼす可能性が高いです。
また、令和6年能登半島地震では、地震発生と同年の9月に、記録的豪雨による河川の氾濫や土砂災害が発生し、地震によって建設された仮設住宅が浸水する被害も生じています。地震発生から水害の発生までの期間が経過していても、さまざまなリソースが長期間にわたり棄損している状態では被害が拡大する恐れがあり、復旧・復興へのモチベーション低下にも関わってきます。複合災害の発生間隔が短ければ短いほど、さらに被害が甚大化する可能性もあります。
さらに、確率は低いものの、首都直下地震は、断層型地震だけではなく、津波を伴う海溝型地震として発生する可能性も存在します。実は、1923年の大正関東地震も海溝型地震であり、津波被害が観測されています。東京都・神奈川県・千葉県の沿岸部を中心に対策が必要であると指摘されていますが、断層型地震のみをイメージした対策を講じていると、津波対策は盲点となっている可能性が高く、注意が必要です。
企業が取るべき対策
ここからは、先述した中央防災会議が着目したポイントに対し、企業が取るべき対策の例や、対策を検討するにあたってのポイントを中心に解説します。限られた資源で効果を最大化し事業継続力を高めるため、短期・中長期的な対応の検討に役立ててください。
(1)従業員を含む「人」を起点とした課題への対策
先述のとおり、防災対策の「自分ごと」化は、対応力向上の大前提となることから、従業員の意識・行動変容を図る取り組みを講じることが企業には求められています。
そして、企業のリスク対応は、建物やシステムの強化と並んで、「人」を起点にした設計が不可欠です。従業員を守る施策は、人道的配慮という倫理的要請への対応であると同時に、事業継続にとっての最重要リソースを守る基盤という二重の性格を持ちます。首都直下地震の示す厳しい現実に対して、従業員の安心が企業の回復力を支えるという視点を経営トップが共有することが、真のレジリエンス構築への第一歩と言えます。
①全従業員に対する防災・BCM教育の推進
BCPは、単に文書の整備で終わらせず、実効性を確保することが重要であり、事業継続マネジメント(BCM)を講じていくことが求められることは、論をまたないところです。この点、従来から実施されている災害対策要員向けの訓練・教育の重要性に加え、全従業員に対する防災・BCM教育の定期的な実施も求められていることを強調したいです。
企業の防災・BCM活動は、災害対策要員のみで完遂することは難しい可能性があり、濃淡はあれども、全従業員が一定の共通認識・理解を持った上で、協力して対応することが求められます。他方で、活動に理解を示し、最低限の協力が得られればよいため、災害対策要員と同じレベル・内容を伝達する必要は必ずしもないです。
こうした点を考慮しながら、従業員教育を推進していくためには、表1の3つのSTEPを踏むことを推奨します。

教育事項は、
・活動の必要性を認識してもらうものとして、防災・BCM活動の目的や発生した場合の被害や事業への影響
・活動の中身を理解し信頼感を持ってもらうものとして、平常時の活動(体制や手順、企業が講じている、あるいは今後講じる予定の対策の中身)
・協力してほしい内容を明確に伝えるものとして、緊急時の活動(体制や行動基準)
を中心に据えることとなります。
なお、従業員の「協力」には、自助努力の励行も含まれます。その柱となるのは家庭での防災活動です。企業は本来、家庭の防災にまで責任は負いませんが、事業の早期復旧の大きな妨げとなる人的リソースの棄損を可能な限り避けるため、企業としても一定程度、家庭の防災力向上に関与するため、教育事項に含めることが望ましいです。
例えば、防災に係る基本的知識の教育において、企業内での防災活動に係る内容だけでなく、自宅の耐震化や備蓄品の準備、家族内での安否確認手段の準備、防災情報の収集方法や生活再建に係るさまざまな支援制度の情報提供等を内容として盛り込むことが考えられます。
②災害弱者(高齢従業員、障害を持つ従業員、外国人従業員)への対応
高齢従業員や障害を持つ従業員への配慮としては、例えば、予め個別支援計画(個人の避難ルート、支援者、連絡手段)を作成し、管理職が発災時に即座にその情報へアクセスできるようにしておく対策や、災害時に負荷の大きい業務に従事させないよう調整することにより、二次的被害を防ぐことも考えられます。
また、災害時に過酷な状況に置かれやすい従業員は、精神的負担が過度に加わる可能性が高いため、特にメンタルヘルスケアへの配慮も重要となってきます。小手先の安否確認だけで終わらせず、発災直後からのカウンセリングや、休職・段階的復職への支援を行うなどの柔軟な対応を行うことも検討してください。
外国人労働者に対しては、多言語での簡易情報提供を平時に準備しておくことが重要です。具体的には、避難行動を示す「やさしい日本語」や英語等のテンプレート、避難所や集合場所のQRコード案内、主要言語の音声メッセージを用意すると実効性が高いです。さらに、企業内に外国語対応要員を選定し、近隣自治体や大使館との連絡フローを事前に整備しておけば、混乱期の対応が格段に円滑になります。
③従業員が災害時でも安心して働ける環境の整備
災害時の事業継続では、物的被害の回復だけでなく、従業員の心理的安全の確保が不可欠です。職場が安全であるという認識が社員の行動を左右し、迅速な復旧や業務継続の原動力となるため、心理的障害を取り除き、安心して働ける環境を整備することが重要となります。
まず、職場と出勤途上の安全担保については、日常的な防災・減災活動の実施により被害発生の可能性を低減することに加え、地震発生直後に職場の安全が確認されるまで出社を差し控える基準や手順を明確にしておくと安心感が高まります。また、通勤経路上や会社周辺の危険情報の提供は、出社することへの心理的不安の軽減に寄与するでしょう。
次に、生活継続への不安に対する支援です。従業員本人も被災者である可能性を忘れてはならないです。見舞金や生活必需品提供を制度化しておくことは、短期的な生活基盤の安定に直結します。併せて、行政の生活再建支援制度や相談窓口に関する情報を平時から整理・周知しておくことで、社員が利用可能な支援を速やかに得られる体制が整います。特に単身者や扶養家族を抱える社員等脆弱性の高い層への配慮を念頭に置くと、なお有効です。
漠然とした不安に対しては、メンタルヘルスケア制度の整備が効果的です。電話やオンライングリーフケア、産業医や外部カウンセリングの窓口等を紹介する企業も増えています。また、管理職向けの心理的応対研修を平時に実施しておくと現場での初期対応力が高まります。さらに、緊急時の情報開示ルールを策定し、「何を」「誰が」「いつ」「どのように」伝えるかを定義しておくことにより、不確実性の中での不安が低減します。
その他、従業員のモチベーション維持に資する仕組みとして、プライベート再建を最優先とするルールの明文化や、災害対応に対する特別賞与・感謝金(ヒーローボーナス)の制度設計も考えられます。
④従業員が出勤不能となった場合に備えた対応
出社して災害対応を行うことを前提とすると、公共交通機関の停止の長期化や職場の安全確保ができない等により出勤できない場合、さらには、今回の被害想定で示されたように、子どもの迎えや家族の被災により従業員が出勤不能となる、あるいはフルタイムでの勤務が難しくなる場合に対応できなくなります。企業はこれを「欠勤リスク」ではなく「人的リソース欠損リスク」として評価し、対応を設計すべきです。
具体的には、テレワークやフレックスタイム、短時間勤務制度といった柔軟な働き方を可能とし、出社せずとも一定の就業を確保できる対策が必要であることは言うまでもないです。加えて、職務の優先順位付け、代替要員の事前割当、業務のモジュール化・標準化を進め、誰が欠けても機能が止まらない体制を構築することを推奨します。
また、在宅避難が推奨される場合に備え、テレワークの環境整備は必須です。出社を強要できないことを見据え、平時から通信機器、VPN、クラウド、業務用モバイルバッテリー等受け皿を整えておくことが肝要です。
これは災害対応力の強化であると同時に、平時における働き方改革とも通ずるものであり、取り組むハードルは決して高くないと考えられることから、十分に対策を講じることを検討してください。
⑤一斉帰宅の抑制対策(安全配慮義務の履行)
大規模地震発生時における一斉帰宅の抑制は、従業員に対して企業が負っている安全配慮義務の観点からも重要な対応の柱です。発災直後であっても、適切な指示や情報提供を怠り、安易に従業員を帰宅させ、結果的に従業員が二次災害に巻き込まれた場合、企業は安全配慮義務違反として民事上の損害賠償や管理責任の追及、さらには信用失墜という重大な帰結を招きかねません。
主な対策としては、帰宅/待機の判断基準のルール化と対応記録の保存、備蓄品等の確保がメインとなります。特に帰宅/待機判断については、従業員が帰宅を希望する理由、日没までの時間、公共交通機関や周辺や帰宅経路上の被害状況、自治体からの帰宅抑制の要請の有無等、個別の状況に応じてさまざまな要素を総合的に考慮して判断を下す必要があり、中には判断が難しいケースも想定されます。災害時に困らぬよう、平時の訓練により現場判断力を高めておくことによって、企業の責任履行と従業員の安心感が両立されるでしょう。
(2)本社系機能の確保の対策
首都圏直下地震により政治・行政・経済といったあらゆる機能が麻痺する中において、本社系機能を、本社のリソースのみで維持し続けることは容易ではないです。このため、本社系機能を確保する対策として最も有用と考えられるのが、本社系機能の代替戦略です。ここからは、代替戦略の考え方と留意点について解説します。
なお、本節における「本社系機能」とは、企業の根幹を支え、あらゆる事業活動に不可欠となる、人事・総務、財務・経理、法務、情報システム(IT)、経営企画・戦略、広報といったコーポレート機能を指して記載していることに留意ください。
①コーポレート機能の代替パターンと特徴
コーポレート機能の代替パターンは大きく2つあり、「場所のみを代替するパターン(パターンA)」と「場所と人員の双方を代替するパターン(パターンB)」に分けられます。パターンAの場合は、本社の従業員が代替拠点に移動して業務を実施することとなりますが、パターンBの場合は、本来は本社の従業員が担う機能の一部または全部を、代替拠点の従業員が代行することとなります。
さらに、パターンAは、比較的近隣の代替拠点で社員が出向き業務実施するパターン(パターンA-ⅰ)、近隣ではない代替拠点に社員が出向き業務実施するパターン(パターンA-ⅱ)、あらかじめ定めた外部施設等を借りて社員が出向き業務実施するパターン(パターンA-ⅲ)に細分化されます。各パターンの概要やメリット・デメリットについては、表2を参照ください。
パターンの選定にあたっては、業務の重要性と停止許容時間、投資可能額を勘案して検討することとなりますが、場合によっては複数のパターンを組み合わせるハイブリッド設計も一考です。例えば、情報収集は近隣拠点で実施し、資金決済やコア業務は遠隔代替拠点に移行するといった役割分担を行うことも現実的な選択肢となります。

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②代替戦略の運用上の留意点
代替戦略は、単に代替拠点を決めれば済む話ではなく、代替拠点の役割の明確化、代替拠点の立地、システムや資機材の整備、そして人材と運用訓練を含む総合的な設計と投資判断が求められます。コーポレート機能の代替戦略を運用する上で考慮すべき留意点をまとめたのが表3です。これらの指標を基に複数拠点をスコアリングし、業務別の最適候補を決定することが実務的です。これから代替戦略を検討する企業だけでなく、既に代替戦略を講じている企業においても、現在の戦略に考慮できていない点がないか確認することに役立ててください。

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(3)過酷事象等への対応(オールハザードBCPへの対応)
過酷事象等が発生したとしても、早期に復旧し事業継続する体制を維持・強化するためには、単一のリスクではなく、あらゆるリスクを想定し、経営資源の喪失や復旧遅延等の事態の発生に備えるオールハザード型BCPの策定や見直しが求められます。
オールハザード型BCPとは、個別の災害や特定のリスクといった非常事態発生の「原因」ではなく、非常事態発生によって「結果」として生じる「経営資源(リソース)の毀損」に着目して考察するBCPです。想定外の事象(原因)で非常事態が発生した場合でも、「リソースの毀損」を前提に戦略・対策を立てることによって、戦略・対策を有効に機能させることを目的としています。
内閣府が実施した「令和5年度企業の事業継続および防災の取組に関する実態調査」によると、BCPを策定している企業において、対象災害を特定せず、災害から生じる結果への対応策を対象としています、いわゆるオールハザード型BCPを実際に策定していると回答した企業は、全体で18%にとどまっています(図1参照)。近年、オールハザード型BCPの策定や既存BCPの見直しを行う企業は増えていますが、過酷事象等への対応力を強化していくためにも、対応を加速していく必要があります。
オールハザード型BCPの構築に当たっては、「従来型」BCPを廃止するのではなく、それらを活かしてオールハザード型BCPの思想を付加する、すなわち「結果事象」の考え方を導入し、重要な経営資源(リソース)の「群(人員、拠点、基幹サーバー、サプライヤー)」で代替戦略等を考えることが肝要です。

まとめ
本稿では、2025年12月19日に中央防災会議が公表した首都直下地震に関する新たな被害想定について、前回(2013年)公表時の被害想定との違いを確認するとともに、企業が実施する対応について解説しました。
従業員を含む「人」を起点とした課題への対策、本社系機能の確保の対策、過酷事象等への対応の3点の記載内容を参考に、自社のBCPの更なる高度化について、取り組みいただくことを推奨します。
本稿が首都圏に所在する多くの事業者のBCP策定、見直しの一助となれば幸いです。
(注1)ビル等の非常用発電機は、共用部や非常灯等必要最小限への電力供給が優先され、執務室内に電力が供給されない可能性も大きいため、移動式の小型バッテリー等の非常用電源の確保や、従業員向けのモバイルバッテリーの貸与を進めている企業も増えている。
(注2)当社取引先においても、代替戦略を導入している企業は半数弱程度であるが、代替戦略の運用に係る訓練を実施している企業はごくわずかに限られている。
MS&ADインターリスク総研株式会社発行のBCMニュース2026年3月(2025 No.4)を基に作成したものです。
MS&ADインターリスク総研株式会社
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サイバーリスク、防災・減災、BCM/BCP、コンプライアンス、危機管理、企業を取り巻く様々なリスクに対して、お客さま企業の実態を踏まえた最適なソリューションをご提供します。
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