被災条件別の帰宅困難者対策 ~企業における帰宅困難者対策の見直し~

2023年9月20日

自然災害・事業継続

■東日本大震災の教訓を踏まえ策定された内閣府「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者対策のガイドライン(平成27年3月)」の記載内容について、近年発生した地震の教訓を踏まえ、見直しの動きがあります。
■本稿では、内閣府や自治体等における見直しの動きを踏まえ、企業における帰宅困難者対策の見直しのポイントを整理します。

行政における帰宅困難者対策の現状

東日本大震災では、首都圏において鉄道の多くが運行を停止するとともに、地震の発生時刻が平日日中であったことと相まって、約515万人(内閣府推計)に及ぶ帰宅困難者が発生しました。帰宅困難者が徒歩で帰宅した場合、群衆流れ等の二次被害にあう危険があるだけでなく、歩道から人があふれることで、緊急車両等の応急活動を妨げる恐れがあります。

この教訓を踏まえて設置された、「首都直下地震帰宅困難者等対策協議会」の最終報告(平成24年9月)等をもとに、内閣府が大都市圏における「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者対策のガイドライン(平成27年3月)」を策定しました。

本ガイドラインの前提となる被災条件は、大都市圏においてマグニチュード7クラス以上の地震が、帰宅困難者等が最も多く発生すると想定される「平日昼12時」に発生するという、過酷な条件を前提として想定しています。そして、この過酷な条件を前提に、大都市圏内の鉄道・地下鉄は少なくとも3日間は運行の停止が見込まれるとして、発災後はむやみに移動を開始しないとする「一斉帰宅抑制」を事業者に求めています。

一方で、近年発生した地震を教訓に、自治体によっては、上記の過酷な局面を想定した対策に加えて、異なる局面を想定して対策を求めているところ(本稿3.(1))や、地域の特性を考慮して対策を求めているところ(本稿3.(2))もあります。

内閣府における帰宅困難者等対策の見直しの動き

前述のように、現行の「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者対策のガイドライン(平成27年3月、以下「既存ガイドライン」)」は帰宅困難者数がピークとなる過酷な局面を前提に整理されていますが、かかる局面以外を想定した対策も検討する必要があることが近年発生した地震からも明らかとなっています。例えば、令和3年10月に発生した千葉県北西部を震源とする地震は、その規模はマグニチュード5.9(暫定値)と、従来の帰宅困難者対策ガイドラインで前提とするマグニチュード7クラスに至らないものであったものの、鉄道が一時運行を停止し、帰宅の時間帯に発災したことと相まって、駅前に帰宅出来ない滞留者が多数発生しました。

このような状況を踏まえて、内閣府の首都直下地震帰宅困難者等対策検討委員会は、令和4年8月に「帰宅困難者等対策に関する今後の対応方針」を示し、今後、本対応方針に基づき具体的な対策が検討される見込みです。ここでは、本対応方針の概要について以下(1)(2)に整理します。

(1)<新規検討>マグニチュード7クラスに至らない規模の地震による駅前滞留者への対応

千葉県北西部を震源とする地震(令和3年10月)のように、既存ガイドラインが前提としていたマグニチュード7クラスに至らない規模の地震であっても、被害状況や発災時刻等(冬の夜間発災で鉄道運行再開の見通しが立たないなど)によっては、鉄道が一時運休し帰宅できない駅前滞留者が発生し、人命の安全確保の観点から帰宅支援等の対応が必要になるという課題認識のもとに、各交通機関の事業者や地方公共団体等の関係者と、対応方策を検討するとしています。

(2)<対応見直し>被害状況に応じた柔軟な帰宅困難者対策

前述のように、既存ガイドラインでは、帰宅困難者が最も多く発生すると想定される「平日昼12時」に、マグニチュード7クラス以上の地震が発災するという過酷な条件のもとに、大都市圏内の鉄道・地下鉄は少なくとも3日間は運行の停止が見込まれるとして、発災後はむやみに移動を開始しないとする「一斉帰宅抑制」を求めていました。

しかし、東日本大震災からおおむね10年が経過した今、鉄道等公共交通機関の耐震化の進展により、鉄道・地下鉄の想定運休期間の短縮が期待できること、スマートフォンの普及により、駅周辺に行かずとも個人が鉄道の運行状況等の情報を収集できる手段が発展していることなど、発災時の帰宅に関連する社会状況が変化しています。加えて、発災後の帰宅意欲が高いことや、混雑の中心は都心部等であり他の地域では目立った混雑はないなど、混雑傾向のシミュレーション結果が精緻化され、「首都圏においても地域性が異なり、全域・全員の3日間待機は現実的ではない」との課題認識が、首都直下地震帰宅困難者等対策検討委員会第1回で示されました。

そのうえで、今回提示された対応方針では、3日間の一斉帰宅抑制の基本原則を維持しつつ、「被害状況等に応じた柔軟な対策」を講じることが、今後の帰宅困難者等対策の実効性向上を図る上で有用であるとしています。

今後は、以下①~③の観点から具体的な対応方策を検討し、ガイドラインに反映するとしています。
  ①対策の実効性向上を図るための、一斉帰宅抑制等の正しい理解と認知度の向上
  ②デジタル技術の活用等による帰宅困難者の一斉帰宅抑制等の適切な行動の促進
  ③一斉帰宅抑制の適用期間中に一部鉄道が運行再開する場合の鉄道帰宅者への支援

企業における帰宅困難者対策見直しのポイント

これらの動きを踏まえ、企業においても帰宅困難者対策を見直すことが必要ですが、見直しにあたっては、既に見直しに着手している自治体等の動きが参考になります。
ここでは、企業が帰宅困難者対策を見直しする際の2点のポイントについて、自治体等の動きを踏まえて整理します。

(1)時間帯別の対策

既存ガイドラインでは、帰宅困難者数がピークとなる「平日昼12時」の発災を想定していますが、必ずしも就業時間中に発災するとは限りません。企業においては、就業時間外も考慮のうえ、時間帯別に対策を講じることが必要となりますが、ここでは、「発生時間帯別の対策」について整理をしている事例を紹介します。

①関西広域帰宅困難者対策ガイドライン
平成30年に発災した大阪府北部地震では鉄道機関が運休、一般道では大規模な渋滞が発生するなど公共交通機関が混乱しました。発災の時間帯が朝の通勤時間帯と重なったため、会社への移動手段が閉ざされた出勤困難者が多数発生しました。このとき、自宅待機など適切に指示を出せた企業がある一方で、「出勤困難者」のなかには、会社から明確な出社指示が出されず、自己判断のもとに長時間徒歩で出社した人も多くいました。

東京都の帰宅困難者対策条例と同様に、関西の大阪府、京都府、大阪市など、他の都市でも地震発生後にむやみに移動しない「一斉帰宅抑制」が求められています。しかし、大阪府北部地震では、就業時間中だけではなく、「出勤時間帯」および「帰宅時間帯」など、時間帯別の発災を想定してルールを策定する教訓が得られました。

係る教訓を踏まえ、関西広域連合では「関西広域帰宅困難者対策ガイドライン」にて、企業にこのような発災時間帯別のパターンを定めることを提言しています(図1)。

また、同ガイドラインでは、企業は、「出勤時間帯の発災」であれば自宅待機、通勤途中で事業所が近い場合は職場などで安全確保することや、「帰宅時間帯の発災」であれば事業所に待機させて、帰宅途中で自宅が近い場合は自宅にて安全確保することまでが示されています。

図1:時間帯別行動パターン 出典:「関西広域帰宅困難者対策ガイドライン」(関西広域連合)

なお、就業時間外に地震が発生し得るのは、関西に限ったことではありません。関西広域帰宅困難者対策ガイドラインの他、福岡市の「事業所における帰宅困難者対策ガイドライン」についても、出勤時間帯や帰宅時間帯に発災した場合など、発災時間帯別の対応についても定めておくことが必要だと示されています。

(2)地域特性を考慮した帰宅困難者対策

既存ガイドラインでは、大都市圏での発災を想定していますが、地震が発生した地域の特性によって、起こり得る被害の様相等も異なります。企業においても、地域特性を考慮のうえ対策を講じることが必要となりますが、ここでは、「地域特性を考慮した対策」について整理をしている事例を紹介します。

①札幌都心地域帰宅困難者対策ガイドライン
北海道や東北地方に甚大な被害が想定される「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の被害想定(内閣府)」では、停電時には暖房が停止することで、屋内の滞在が困難になると想定しています。冬季は気温が氷点下にもなり得る積雪寒冷地において、屋外や寒い屋内に避難する場合は、身体の安全が危ぶまれる恐れもあります。

「札幌都心地域帰宅困難者対策ガイドライン」では、このような厳冬期における防寒対策として、市の備蓄物資の毛布・寝袋等を、一時滞在施設に滞在する帰宅困難者へ供給することを検討しています。本ガイドラインで提言はされていませんが、企業としても、従業員の安全確保のため、防寒グッズ(防寒着、毛布等)や電気が無くても使用可能な暖房器具(ポータブルストーブや使い捨てカイロ等)を用意されることを推奨します。


②愛知県帰宅困難者対策実施要領
首都圏では、電車等の公共交通機関の運休等による帰宅困難者の発生を想定していますが、自家用車での通勤が多い地域でも、従業員が一斉に車で帰宅を開始すると、交通渋滞が発生しこれによる二次災害の危険や救助活動の妨げとなる恐れがあります。

「愛知県帰宅困難者対策実施要領」では、このような事態を想定して、従業員の多くが自家用車で通勤しているような地域では、事業者は帰宅経路の安全が確認された後、時差帰宅や自家用車の乗り合いによる帰宅等により、円滑かつ計画的な帰宅を実施するとしています。

企業においても、平時における従業員への周知事項として、「むやみに移動を開始しない」といった基本原則と併せて、帰宅時の留意事項も検討することが望ましいです。

地方特性を考慮した対策について整理しましたが、企業でもこの観点から対策を見直すことが望ましいです。しかし全国に拠点が散在する場合は、本社で一元的に各拠点の対策を検討することは現実的ではありません。そのような場合は、本社にて帰宅困難者対策にかかる原則を整理し、各拠点にて所在する地域のガイドラインや条例等を確認し、本社の整理した原則に加えて個別の対策を講じる必要があるか、段階を踏んで検討されることを推奨します。

まとめ

本稿では、行政における帰宅困難者対策の動きを紹介したうえで、企業における帰宅困難者対策の見直しのポイントを紹介しました。なお、内閣府は、今後、2.で紹介した対応方針に基づき具体的な対策を検討し、ガイドラインに反映するとしているため、企業において具体的な見直しに着手される際は、今後発表されるこの新しいガイドラインもご参照ください。

MS&ADインターリスク総研株式会社発行のBCMニュース2023年4月(No.4)を基に作成したものです。

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