労災とは?労災と判断されるポイントと発生時の対応を解説
公開日:2025年1月20日
人事労務・働き方改革
「労働災害(以下、労災)」が発生した場合、事業主は速やかに対応を行い、従業員の身体や安全を守らなければなりません。その上で、トラブルを避けるためには、正しい知識に基づいて適切に手続を進める必要があります。
今回は労災の基礎知識として、概要や判断基準、発生時の対応について解説します。また、どのようなケースが労災に認定されるのか、具体的な事例をもとに見ていきましょう。
労災の概要
労災とは、平たくいえば労働者が仕事において被った災害のことです。一般的には業務中のケガ等がイメージされることも多いですが、実際にはさまざまなケースが労災に含まれます。
企業が安全配慮義務を怠ったことで労災事故が発生すると、使用者責任を問われる可能性があるので注意が必要です。労災事故を防止することは、企業防衛につながる点を押さえておきましょう。
ここではまず、労災の概要について解説します。
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労災とは
労災とは、従業員が業務遂行中に業務に起因して受けた業務上の災害のことです。業務における災害とは、業務上の事由による負傷や疾病、傷害、死亡のことであり、これらを総称して「傷病等」と表現することもあります。
なお、業務上の疾病であっても、遅発性のものや食中毒、伝染病は除かれます。ただし、後述するように労災に認定される基準は複雑であるため、具体的な判断は個別のケースについて確認することが重要です。
労災保険の役割
労災保険とは、企業で働く従業員の労災による損害を補償するための公的な保険です。具体的には、業務あるいは通勤において被災した従業員と、従業員が死亡した場合にその遺族を保護するために必要な保険給付を国が行うという制度です。
また、労災に遭った労働者の社会復帰を促進するための事業も行われています。
労災と認定される基準
労災には大きく分けて「業務災害」「複数業務要因災害」「通勤災害」の三つの種類があります。ここでは、それぞれの具体的な定義と判断基準について解説します。
業務災害
業務災害とは、労働者が業務上の事由によって被った傷病等のことです。「業務上」とは、業務と傷病等の間に因果関係があることを意味しています。
労働者の負傷が業務上のものとして認められるかどうかは、次の三つのパターンで考え方が分かれます。
①事業主の支配・管理下で業務に従事している場合
②事業主の支配・管理下にあるが業務に従事していない場合(昼休みや就業前後等)
③事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合(出張や社用での外出等)
例えば、事業主の支配・管理下で業務に従事している場合は原則として業務災害と認められますが、「労働者が私的行為を行った場合」「個人的な恨みによって第三者から暴行を受けた場合」等は例外です。
また、労働者の疾病については、業務との間に相当因果関係があるかどうかが重要な判断基準となります。一般的には、「労働の場に有害因子が存在していること」「健康障害を起こし得るほどの有害因子にさらされたこと」「発症の経過および病態が医学的に見て妥当であること」の三つの要件が満たされる場合に、業務上の疾病と認められます。
複数業務要因災害
複数業務要因災害とは、二つ以上の事業の業務を要因とする「複数事業労働者」に生じた脳・心疾患、精神障害等のことです。複数事業労働者とは、事業主が同一ではない複数の事業場に同時に使用されている労働者を指します。
従来の法律では、複数の事業場で働く労働者であっても、労災認定の判断材料はどこか一つの事業場のみに限定されていました。そのため、複数事業労働者の負荷は適正に計算されず、保険給付が正しく行われないというケースがあったのです。
しかし、2020年9月1日に「労働者災害補償保険法」が改正・施行されたことにより、複数の事業場での負荷を判断基準の対象とできるようになりました。これにより、一つの事業場では労災認定ができない場合であっても、業務上の負荷を総合的に評価して労災認定することが可能になっています。
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通勤災害
通勤災害とは、通勤によって発生した傷病等のことです。この場合の「通勤」には、住居と就業場所の往復、あるいは就業場所から他の就業場所への移動、単身赴任先住居と帰省先住居間の移動の三つが含まれます。
これらのルートを合理的な経路・方法で移動することを通勤といい、途中で経路を外れたり中断したりした場合は例外となります。なお、上記の三つの移動を合理的な経路・方法で行った場合でも、「業務の性質を有するもの」は業務災害に認定されるため、通勤災害には含まれません。
例えば、事業主が提供する専用交通機関での出退勤、休日に呼び出しを受けた時の緊急出勤等は、業務災害に該当するとされています。
労災発生時の対応と保険給付
それでは、実際に労災が発生した時、会社はどのような手続を行うべきなのでしょうか。ここでは、労災発生時に求められる対応と、保険給付の手続について解説します。
被災した従業員を医療機関に搬送する
事故が発生した場合には、速やかに被災した従業員を救助し、医療機関へ搬送する必要があります。救急搬送の必要性がない場合でも、最寄の病院で診てもらう必要があるため、あらかじめ職場近くの医療機関を確認しておくと良いでしょう。
なお、労災には通常の健康保険を利用できません。労災であることを隠して治療を受けさせる「労災隠し」は違法となるため、病院の窓口では労災事故であることをきちんと伝えましょう。
保険給付のための書類を提出する
労災保険給付を受けるには、適切な形式で請求書を作成する必要があります。具体的な手続は補償給付の内容によっても異なりますが、いずれにしても請求書を作成する主体は被災した労働者本人となります。
そのため、「医師による証明」とともに「事業主の証明」も必要であり、その上で「労働基準監督署へ請求書を提出する」のが基本的な流れです。しかし、労働者自身で書類を作成するのは困難であると考えられるため、スムーズに給付を受けられるように、事業主がサポートしていくことが大切です。
なお、提出する書類は診療機関によって異なるため注意が必要です。労災指定病院であれば、「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」を作成することで、自己負担なしで必要な治療を受けられます。
一方、労災指定病院以外では一度病院で費用の全額を支払い、「療養補償給付たる療養の費用請求書(様式第7号)」を労働基準監督署に提出して、後日口座振込等による支給を受ける必要があります。
労災保険の対象
原則として一人でも労働者を雇用する事業に対し、業種や規模を問わずすべてに労災保険が適用されます。また、正社員やアルバイトといった雇用形態にかかわらず、すべての従業員が労災保険の加入対象となるので注意が必要です。
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給付基礎日額と算定基礎日額の違い
労災の給付金額の計算には、「給付基礎日額」と「算定基礎日額」が用いられます。
給付基礎日額とは、労働基準法の平均賃金に相当する金額のことであり、原則として労災が確定した日の直前3か月間に支払われた賃金の総額を暦日数で割った「1日あたりの賃金額」を指します。ただし、給付基礎日額の計算には、ボーナスや臨時手当等は含まれません。
算定基礎日額とは、労災が確定した前の1年間に受けた「特別給与」の総額を365で割った金額のことです。なお、特別給与の総額が給付基礎年額の20%相当を上回る場合には、20%に相当する額が算定基礎年額として扱われます。また、限度額は150万円と定められています。
労災保険の種類
労災保険給付には、医療機関での療養を目的とした「療養(補償)等給付」、労働できない期間の賃金補償を目的とした「休業(補償)等給付」、労働者が死亡した際に遺族の生活を保障するための「遺族(補償)等給付」「葬祭料等(葬祭給付)」等があります。
また、一定の障害により介護を受けている場合に支給される「介護(補償)等給付」、定期健康診断で異常が見つかった時に利用できる「二次健康診断等給付」等もカバーされています。
どの保険給付を受けるかによって必要な手続が異なるため、事前に書類の種類等を確認しておくことが大切です。
労働者死傷病報告の提出
労災によって従業員が死亡または休業した場合、事業主は遅滞なく「労働者死傷病報告」等を労働基準監督署に提出しなければなりません。適切な報告を怠った場合や、虚偽の報告を行った場合には、刑事責任が問われる可能性があるので注意が必要です。
再発防止策を検討し、実施する
労災が発生した場合、事業主には従業員の安全衛生管理を行い、再発防止に努める義務が生じます。まずは発生状況を把握し、機械設備(物的要因)と労働者の行動(人的要因)の両面から原因の究明を行いましょう。
この時には、直接的な原因だけでなく、事故に至った環境や安全管理の状態といった間接的な要因にも目を向けることが大切です。その上で、どうすれば原因を取り除いて再発を防止できるのかを具体的に検討し、実行に移します。
なお、場合によっては、労働基準監督署から「労働災害再発防止書」等の提出を求められることがあります。状況把握から調査、再発防止策の実行までの流れを文書化し、対策用に保管しておくと良いでしょう。
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労災認定となる判断のポイント
個別の事故が労災として認定されるかどうかは、発生した状況やその内容によって異なります。ここでは、具体的な事例に基づき、労災認定の判断基準やポイントを見ていきましょう。
飲み会の帰りに駅のホームで転倒
業務終了後に任意参加の飲み会に参加し、その帰りに駅のホームで転倒をしてしまったケースでは、通勤の中断にあたるとみなされるため労災認定されません。ただし、全社集会や研修のように、会社から参加が強制されているイベントの帰りであれば、管理者の支配下にあるとみなされて、労災認定される場合があります。
単身赴任先から帰省する際に交通事故に遭った
単身赴任先からの帰省中の事故については、原則として業務の当日あるいは翌日であれば通勤災害として労災認定されます。しかし、単身赴任先での滞在が延び、帰省が翌々日以降になった場合の事故については、通勤として認める合理性を欠き、労災認定されないため注意が必要です。
会社の部活動でケガをした
会社の部活動中にケガをした場合は、たとえ会社公認の集まりであっても労災認定は行われません。業務行為あるいは業務に付随する行為とはみなされないため、基本的には労災に該当しないと考えるのが一般的です。
ただし、会社が主催するイベントで、業務として運営業務を行っている最中にケガをした場合は、事業主の支配下で業務行為を行っていたと判断されて労災認定される可能性があります。
自宅であるアパートの共用部分で転倒
通勤中に、自宅がある集合住宅の共用部分での転倒によりケガをした場合は、基本的に労災認定されると考えて問題ありません。集合住宅の廊下や階段は、通勤経路とみなされるため、そこでの事故は通勤災害として認定されるのが一般的です。
ただし、通勤経路とみなされるかどうかには、「他者の通行が可能であるかどうか」が重要なポイントとなります。そのため、戸建ての敷地内階段で転倒した場合は、通勤途中であっても労災とは認められません。
取引先を訪問するため移動をしていたら事故に遭った
取引先への移動中は、事業主の管理下からは離れているものの、支配下で業務を行っているとみなされます。そのため、その最中に事故に遭った場合は、通勤災害ではなく業務災害として労災認定されます。
ただし、出張中に立ち寄った飲食店等で飲酒をし、それが原因で転倒事故を起こした場合は、私的行為が招いた事故とみなされるため労災認定されません。
上司のハラスメントが原因でうつ病になった
ハラスメントを原因とする精神障害は、医学的な見地からハラスメントが原因であると判断されれば労災認定されると考えられます。具体的には、「認定対象となる精神障害(うつ病や急性ストレス反応等)を発病していること」「発病前のおおむね6か月間に業務による強い心理的負荷が認められること」「業務以外の心理的負荷や要因による発病と認められないこと」等が基準です。
なお、精神疾患については、ハラスメントによるものだけでなく長時間労働も労災に認定される要因となり得ます。
ハラスメントの定義や主な種類をご紹介した上で、発生する原因と必要な対策について解説しています。
長時間にわたってデータ入力業務を行い腱鞘炎になった
長時間にわたるデータ入力業務で腱鞘炎を発症した場合には、状況によって労災認定される可能性があります。具体的には、「上肢等に負担がある作業に相当時間(原則6か月以上)従事した後に発症したこと」「発症時に過度な業務に就労したこと」「過度な業務への就労と発症までの経過の関連性が、医学上妥当であると認められること」等が判断基準となります。
ただし、認定されるかどうかは業務の量や期間、就労環境、私生活での行動等を踏まえて総合的に判断されるので注意が必要です。
会社から届いた荷物を受け取ろうとしてケガをした
テレワーク中の自宅内での事故は、どのような状況で発生したかによって判断が分かれます。会社から届いた荷物を受け取るという行為は、業務に必要な行為とみなされるため、労災認定される可能性が高いといえるでしょう。
一方、通販等で届いた私用の荷物を受け取った場合であれば、私的行為中とみなされるため労災認定されません。また、休憩時間に昼食をとろうと外出しており、そこで交通事故に遭った場合等も労災の対象外となります。
ただし、テレワーク中であっても、業務として顧客への郵便物を送るための外出中に事故に遭った場合は労災認定される可能性があります。テレワーク中の事故については、類似の状況においても判断が変わる可能性があるので注意しましょう。
業務時間中に赤ちゃんをあやそうとしたら転倒した
テレワークでの勤務中に、子どもをあやそうとしたところ転倒してしまったというケースでは、私的行為中とみなされるため労災認定されません。ただし、水分補給やトイレ等の生理的行為は業務に付随する行為とみなされるため、その最中での事故は自宅であっても労災認定される可能性があります。
急ぎの社内業務があり出社しようとしたら転倒した
台風により自宅待機命令が出ていたものの、急ぎの社内業務のために自己判断で出社したところ、転倒によりケガをしてしまった時のケースを見ていきましょう。このケースでは、自らの判断で出社をしているものの、業務遂行のために出社せざるを得ないと客観的に判断された場合には、通勤災害として労災認定される可能性があります。
自宅待機命令の有無のみで、労災認定の可否が決められるわけではないため、労働基準監督署に個別の事情を相談して判断をあおぐようにしましょう。
まとめ
労災事故が発生した時には、従業員の安全確保を最優先にした上で、速やかに必要な手続を進める必要があります。必要な関係機関への連絡を済ませ、労災保険給付の手続を適切にサポートするとともに、再発防止のための取組も実施しなければなりません。
また、具体的な事例をもとに、どのようなケースが労災に該当するのかも把握しておくと良いでしょう。いざというときに慌てないために、労災発生時にどのような処理を行うべきなのか、あらかじめマニュアル等で方針を固めておきましょう。