弁護士が解説!企業が問われる法律上の賠償責任とは ~店舗・商業施設における訴訟事例~

公開日:2024年5月15日

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近年、企業の信頼性や財務、ブランドイメージ等に深刻な影響をおよぼす訴訟リスクが高まりをみせており、訴訟リスクに備えることの重要性が増しています。「企業が問われる法律上の損害賠償責任」をテーマに計3回にわたりご案内をしておりますが、過去2回は「自然災害等の不可抗力における一般不法行為責任と土地工作物責任」についてご説明しました。最終回となる今回は、店舗・商業施設における訴訟事例についてお伝えします。

コロナ禍による行動制限が解除され、店舗において買い物をしたり飲食をしたりするといった日常も戻りました。他方で、一段と進む高齢化社会により、店舗における利用客の転倒事故も発生しています。転倒事故が発生し、利用客がケガ等を負ったときは、店舗を運営する法人(企業)が思わぬ損害賠償責任を負うことがあります。また、飲食店が消費者に提供した飲食物に異物が混入していたときは、たとえ異物が不明であっても、飲食店が損害賠償責任を負うことがあります。本記事では、店舗が責任を負う根拠、内容、実際に裁判で争われた事例等をご紹介します。

転倒事例

(1)店舗における転倒事故の状況

ア 店舗における事故

少し古いデータではありますが、店舗における転倒事故は、床面での滑りが最も多く、次いで、床面の段差や凹凸によるつまずき、駐車場の路面の段差や凹凸によるつまずき、床に置かれた商品や荷物用台車等でのつまずきの順になっています。

※消費者庁のNews Release(平成28年12月7日付け「店舗・商業施設で買い物中の転倒事故に注意しましょう」)から引用

イ 転倒事故における年齢別・男女別の件数

転倒事故は、30代から急激に増え、60歳代がピークになっています。また、転倒事故は、女性の転倒事故が7割以上(男性の3倍)を占めています。

※消費者庁のNews Release(平成28年12月7日付け「店舗・商業施設で買い物中の転倒事故に注意しましょう」)から引用

ウ 店内の床滑りによる転倒事故の内訳

雨天の日には、店舗入口付近の濡れた床での転倒が多く、入口のマットで滑った事例や、マ ットから床に足を踏み入れたときに濡れた床で滑った事例が発生しています。
水濡れの床での事故としては、鮮魚コーナー、冷凍ケース、製氷機、ウォーターサーバー等の周辺で、こぼれた水や氷で足を滑らせた事例が発生しています。
また、野菜くず、果物、飲み物等の落下物を踏んで足を滑らせた事例も発生しています。

※消費者庁のNews Release(平成28年12月7日付け「店舗・商業施設で買い物中の転倒事故に注意しましょう」)から引用

(2)転倒事故について店舗を運営する法人が負う責任の原因・内容

店舗において利用客が転倒したときは、店舗を運営する法人が負う責任としては、①一般不法行為責任、②土地工作物責任、③債務不履行が考えられます。

ア 不法行為責任 ¹

店舗を運営する法人は、信義則 ²(※)上の義務として、利用客に対し、安全に配慮する義務(安全配慮義務)を負っています。当該法人が安全配慮義務に違反したために利用客に損害が生じたときは、当該法人は、利用客に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負います。
※信義則:信義誠実の原則のこと。社会の一員として、互いに相手方の信頼を裏切らないように、誠意をもって行動しなければならないという原則。

イ 土地工作物責任 ³

土地の工作物の設置または保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対し、土地工作物責任に基づく損害賠償責任を負います。ただし、占有者が、損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者が損害賠償責任を負います。
店舗の建物は、土地の工作物に当たります。瑕疵とは、土地の工作物が通常備えているべき安全性を欠如していることをいい、工作物の構造、用法、場所的環境、利用方法等の諸般の事情を総合考慮して個別具体的に判断されます。

ウ 債務不履行責任 ⁴

店舗を運営する法人と利用客との間で商品の売買契約等が締結されたときは当該契約等に基づいて、また、当該契約等が締結されていなかったとしても、社会的接触に入った当事者間の信義則上の義務として、当該法人は、利用客に対し、安全に配慮する義務(安全配慮義務)を負っています。当該法人が安全配慮義務に違反したために利用客に損害が生じたときは、当該法人は、利用客に対し、債務不履行に基づく損害賠償責任を負います。

(3)過失相殺

被害者である利用客にも過失があるときは、過失相殺として、損害額が割合的に減額されます ⁵。例えば、過失割合が、被害者が2割・加害者が8割であれば、損害額が2割減額されます。

(4)裁判例

店舗での利用客の転倒事故に関する近時の裁判例をご紹介します。 ⁶

ア 事案の概要

67歳の女性Xが、Yが運営する店舗を訪れた際、同店舗内のトイレ個室内にあった約10センチの段差に足をとられて転倒し、右大腿骨頚部内側骨折の傷害を負ったことは、トイレの設置上の瑕疵によるものであるなどとして、Yに対し、土地工作物責任に基づき、治療費、休業損害、後遺障害慰謝料等合計約860万円および遅延損害金の支払を請求したという事案です。

イ 裁判所の判断

(ア)トイレの瑕疵
裁判所は、以下の各点を理由として、トイレは、事故当時、客観的に見て、土地の工作物が通常備えているべき安全性を欠いており、設置に瑕疵がある土地の工作物であったとして、店舗を運営するYの土地工作物責任を認めました。

・トイレ扉が自動で閉まるタイプであり、トイレ個室内を俯瞰的に見ることは困難であること
・トイレ扉が内開きのため、トイレ個室内の段差を認識しづらい構造であること
・本件の店舗は全体的に平坦なバリアフリーになっていることから、かえってトイレの床もバリアフリー構造であるとの錯覚を抱かせること
・一般に、高齢者の視野は狭まる傾向にあること
・段差について注意書きを貼ったり、トイレの利用者に口頭で注意喚起をしたりしなかったこと

(イ)過失相殺
裁判所は、店舗が開店してから事故までの1年半の間に、本件の事故と同程度の転倒事故が発生したとは認められないこと、利用客である女性Xは、トイレに入る際、足元の注意がおろそかになったきらいもあることから、Xにも過失があるとして、5割の過失相殺が認められると判断しました。

(ウ)認容額
裁判所は、土地工作物責任に基づき、店舗を運営するYに対し、治療費、休業損害、後遺障害慰謝料、弁護士費用等として、合計約228万円の支払を命じました。

異物混入事例

(1)異物混入事故について店舗を運営する法人が負う責任の原因・内容

消費者に提供した飲食物(製造物)に「欠陥」があり、これにより被害者の身体等を侵害したとして、製造物責任 に基づく損害賠償責任⁷を負うことが考えられます。

(2)「欠陥」の意義等

ア 意義

「欠陥」とは、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいいます ⁸。

イ 主張立証の程度

欠陥の特定は、社会通念上理解することができる程度にされる必要はありますが、部位、態様等を特定する必要はなく、事故が発生するに至った科学的機序まで主張立証する必要もないと解されています⁹ 。

(3)裁判例

異物混入によって店舗側が消費者に対して損害賠償責任を負うと判断された事例をご紹介します ¹⁰。

ア 事案の概要

消費者Xが、店舗を運営する法人Yが製造・販売するオレンジジュースを飲んだ際、その中に入っていた異物によって喉に傷を負ったとして、Yに対し、製造物責任、債務不履行(売買契約における安全配慮義務違反)および不法行為に基づき、当該受傷によって被った精神的苦痛に対する慰謝料30万円および弁護士費用10万円を請求した事案です。

イ 裁判所の判断

(ア)欠陥
裁判所は、以下の点等を理由として、異物は発見されなかったものの、Xが飲んだジュースには、製造物責任法上の「欠陥」が認められると判断しました。

・ジュースに、それを飲んだ人の喉に傷害を負わせるような異物が混入していたということは、ジュースが通常有すべき安全性を欠いていたということである。
・異物は発見されず、結局異物が何であったかは不明なままであるが、それがいかなるものであろうと、ジュースの中に、飲んだ人に傷害を負わせるような異物が混入していれば、ジュースが通常有すべき安全性を欠いているものであることは明らかである。
・ジュースに、それを飲んだ人の喉に傷害を負わせるような異物が混入していたという事実(本件のジュースに「欠陥」か存在したこと)自体は明らかである以上、異物の正体が不明であることは、本件のジュースに欠陥があるとの認定に影響をおよぼさない。

(イ)損害
裁判所は、以下の点等を理由として、Xの損害を10万円(慰謝料5万円、弁護士費用5万円)と判断しました。

・Xは、受傷後、吐血し、医師により、救急車で国立病院へ運ぶのが相当であると判断されるほどの状態であった。
・Xは、国立病院において制吐剤等の点滴を受けており、本件の受傷により相当なショックを受けた。
・胃十二指腸ファイバースコープによっても異物が発見されず、検査のために持参した本件のジュースも捨てられて、原因の解明が十分にされなかったことに鑑みると、国立病院から帰った後も、不安感と恐怖感が残り、二日間自宅で安静にしていたというのも理解できないわけではない。
・以上からすれば、Xは、受傷により、相当な精神的、肉体的な苦痛を被ったものと認められ、これに対する慰謝料としては、5万円が相当である。
・事実の内容とYの対応に鑑みると、訴訟代理人を選任する必要があったものと認められ、本件と相当因果関係のある弁護士費用分の損害は5万円と認めるのが相当である。

企業の備え

転倒事例については、施設を管理する企業として、利用客が転倒する可能性がある場所(水漏れ、段差等)を点検し、除去することが可能であれば除去し、除去することが難しいときであっても、利用客が当該場所を認識することができるよう、張り紙を掲示するなどして対応する必要があるでしょう。
異物混入事例については、混入する可能性のある異物によって対策は様々ですが、店舗の機械に由来する異物については、日常的な整備・メンテナンスを徹底したり、機械類の部品交換の時期を明確化したりするといった対策が考えられるでしょう。
また、損害保険会社が取り扱う保険商品(賠償責任保険)に加入しておくことで、損害賠償請求が生じた際に損害賠償金の一部を補償できる可能性もありますので、この機会にご検討されることも備えの一つかと思います。

¹民法709条
²民法1条2項
³民法717条1項
⁴民法415条1項
⁵民法418条、722条2項
⁶横浜地裁令和4年1月18日判決
⁷製造物責任法3条
⁸製造物責任法2条2項
⁹東京地裁平成28年8月5日判決
¹⁰名古屋地裁平成11年6月30日判決

TMI総合法律事務所 パートナー弁護士 森安 博行

2008年東京弁護士会登録、TMI総合法律事務所勤務。その後、厚生労働省大臣官房総務課勤務(国の代理人として、多数の行政訴訟や民事訴訟に関与)を経て、同事務所復帰。紛争案件全般のほか、労働法、ヘルスケア分野を中心とした法律業務に従事している。

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