首都直下地震等による東京の被害想定を図表で分かりやすく解説

公開日:2023年6月1日

自然災害・事業継続

2022年5月25日、東京都が約10年ぶりに「首都直下地震等による東京の被害想定」を見直し、公表しました。
同被害想定は、2013年に中央防災会議が公表した被害想定で用いられた断層モデル等を基に想定震度や津波高を算出し、近年推進された地震対策を加味したものです。
震度や津波高は2013年の中央防災会議と同程度の想定となっている一方、建物被害棟数、死者数は近年の地震対策により、前回の東京都の想定より少なくなっています。
今回の想定見直しを受けて、企業が対応を大幅に変更する必要は無いと考えられます。一方で、定量的に被害想定が悪化している点(閉じ込めにつながりうるエレベーターの想定台数)や、定性的な記載変更がされた点(帰宅困難者、複合災害)については確認し、現状を見直すきっかけとしていただきたいと思います。

過去被害想定との前提条件の比較

(1)被害想定の変遷

2022年5月25日、東京都が「首都直下地震等による東京の被害想定」(東京都の新たな被害想定)を公表しました。これは、東日本大震災を踏まえて策定された「首都直下地震等による東京の被害想定(2012年公表)」および「南海トラフ巨大地震等による東京の被害想定(2013年公表)」以来、約10年ぶりとなる被害想定の見直しです。本稿では、これまでの被害想定との違いを明確にし、それに伴って企業が取るべき地震対策について紹介します。

まずは、2005年以降、中央防災会議と東京都から公表された、首都直下地震、南海トラフ巨大地震による被害想定について確認しましょう。表1に両者から公表された被害想定、地震対策についてまとめました。

このうち、東京都から2012年4月に公表された被害想定(以下、「2012年東京都被害想定」)は、中央防災会議から2005年に公表された被害想定を基に、2011年に発生した東日本大震災での経験や、当時の最新の知見を踏まえ、首都直下地震による被害を想定したものです。また、中央防災会議も東日本大震災の後、「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大地震・津波」を想定する方針に大きく転換し、首都直下地震の震源や被害想定について改めて検討した結果を2013年12月に公表しました(以下、「2013年中央防災会議想定」)。そして、今回東京都が公表した「首都直下地震等による東京の被害想定」(以下、「2022年東京都被害想定」)は、主に「2013年中央防災会議想定」で採用された断層モデル等を基に想定震度や津波高を算出し、近年推進された地震対策を加味して新たに被害を想定したものです。

次に、被害想定の前提条件となる震源、想定震度、想定津波高について、「2012年東京都被害想定」、「2013年中央防災会議想定」、「2022年東京都被害想定」を比較した結果を解説します。

(2)震源の比較

まず「2012年東京都被害想定」、「2013年中央防災会議想定」、「2022年東京都被害想定」において考慮された主な震源を表2にまとめました。

表2に示すとおり、「2022年東京都被害想定」において防災対策の対象となっている地震は、「2013年中央防災会議想定」がベースとなっています。また、「2022年東京都被害想定」で津波対策のために選定された南海トラフ巨大地震は、中央防災会議から2012年に公表された震源の設定を基に津波高等が算出されています。

「2012年東京都被害想定」と「2022年東京都被害想定」の比較において最も大きな変更点は、防災対策の対象とする地震が、東京湾北部地震から都心南部直下地震に変更されたことです。
「2013年中央防災会議想定」では、東京湾北部地震の震源域は大正関東地震タイプの地震の断層すべりによって既に応力が解放された領域にあると推定されたため、同地震が検討対象から除外されており、「2022年東京都被害想定」でも同様の判断が踏襲されたものと考えられます。

(3)想定震度の比較

続いて、想定震度について過去の被害想定と比較します。「2022年東京都被害想定」におけるプレート内地震(直下型地震)の震源モデルは「2013年中央防災会議想定」と同一の断層パラメータを基本とし、表2に示す「都心南部直下地震」、「都心西部直下地震」、「都心東部直下地震」に加え、独自に都内西部に「多摩東部直下地震」および「多摩西部直下地震」が設定されているのです。

図1に「2013年中央防災会議想定(上)」と「2022年東京都被害想定(下)」における、都心南部直下地震(Mw7.3:モーメントマグニチュード※)の想定震度を示します。表層地盤の揺れやすさを表す浅部地盤モデル等が異なるため、完全に同一ではないものの、特に都心部の震度分布はおおむね類似していることが分かります。 

※地震の規模を表すマグニチュードには種類があります。気象庁が発表する気象庁マグニチュードは、地震計で観測される波の振幅から計算される一方、モーメントマグニチュードは岩盤のずれの規模(ずれ動いた部分の面積×ずれた量×岩石の硬さ)を基にして計算されます。
下表に示すとおり、大きな地震(日本で発生した地震では東北地方太平洋沖地震(Mw9.0))の場合、気象庁マグニチュードの精度に限界があるためモーメントマグニチュードを用いて地震の規模が表されているのです。

次に、大正関東地震(海溝型地震)の想定震度を図2に示します。

「2022年東京都被害想定」の同地震は東京都独自の設定が採用されており、想定されているモーメントマグニチュードMw8.1は「2013年中央防災会議想定」のMw8.2より小さいです(ただし、津波の想定では「2013年中央防災会議想定」と同じMw8.2を想定)。
想定震度も「2013年中央防災会議想定」より小さい傾向にあります。

なお、参考まで、「2022年東京都被害想定」における多摩東部直下地震と立川断層帯地震の想定震度を図3に示します。

(4)想定津波高の比較

「2013年中央防災会議想定」では、大正関東地震による東京湾内の最大津波高は2m程度とされており、図4の結果と合致します。ただし、同想定では、茨城県、千葉県、東京都、神奈川県、静岡県を含む広域の想定津波高が示されており、東京都を対象とした詳細な想定は記載されていないため、東京都内の津波対策を検討する場合は、図4の想定最大津波高が参考になるのです。

首都直下地震等による東京の被害想定

東京都では、直近10年間で、建物の耐震化、不燃化、および家具類の転倒防止対策などが推進されており、「2022年東京都被害想定」ではこれらの対策により表3に示す減災効果が得られたとされています。

前述のとおり、「2012年東京都被害想定」と「2022年東京都被害想定」では前提となる地震が異なるため単純な比較はできないものの、地震対策が推進されることによる減災効果は明らかです。また、東京都によれば、図5に示すとおり、今後も地震対策の推進により更なる減災効果が期待されています。

企業が取るべき地震対策

(1)対策方針

(2)エレベーター被害対策

「2022年東京都被害想定」を「2012年東京都被害想定」と比較すると、閉じ込めにつながりうるエレベーターの停止台数の想定は約3倍に増加しています(表4)。

東京都の担当者によると、大幅に増加した主な理由は、建築基準法令におけるエレベーターに関する条項の改正(令第16条および138条の2の2 2016年改正等)により、エレベーターの安全確保に関する基準が高くなったことを踏まえ、閉じ込めの発生可能性をより安全サイドに立って試算した点にあるとのことです。しかし相当数の閉じ込めが発生しうる事態に変わりはありません。

また、「2022年東京都被害想定」において、閉じ込めの「救出救助には半日以上の時間が必要となる場合がある」との記載があります(第5章 5.10エレベーター被害)。2018年の大阪府北部地震においては346台のエレベーターで発生した閉じ込めの大半(約87%)が3時間以内に救出されましたが、「2022年東京都被害想定」における閉じ込めにつながりうるエレベーター停止台数はそれよりも圧倒的に多いため、このような記載になったものと推察されるのです。

さて、閉じ込めの救出にかかる時間が半日以上であることは先に述べましたが、揺れにより運転を休止したエレベーターの復旧にはそれ以上の時間を要します。大阪府北部地震においては、保守事業者がすべてのビルを一巡するのに最長4日を要しています。首都直下地震においても、表5のように、エレベーターの復旧に優先順位があること、また、被害想定に記載はないが「閉じ込めにつながらないエレベーター」の停止台数も相当数あることを考慮すると、特に企業等が業務で利用しているエレベーターの復旧には相当の時間がかかることが考えられるのです。

そこでエレベーター停止において企業が取るべき対策はどのようなものが挙げられるかを表6にまとめました。「懸念される被害」に対し、MS&ADインターリスク総研が考える「利用者企業の対応例」を記載したものであり、平時に実施する対策見直しの参考としてください。

(3)帰宅困難者対策

「2022年東京都被害想定」では「2012年東京都被害想定」 や「2013年中央防災会議想定」と比較すると、より詳細でわかりやすいものとなっています。特に図6のとおり、帰宅困難者を取り巻く様相が時系列で記載されており、電力・通信や飲食・物資等、発災後の生活のイメージがつくようにまとめられているのです。

なお、帰宅困難者数は「2012年東京都被害想定」の想定においては約517万人であったのに対し、「2022年東京都被害想定」は約452万人と減少しているものの、依然として高い水準にあります。
帰宅困難者対策推進のため、東京都は帰宅困難者対策条例(2012年制定)において、災害時の一斉帰宅抑制や連絡手段確保、全従業員分の水・食料等の備蓄(3日分)等を努力義務として事業者(企業等)に求めています。

そもそも企業は、従業員等に対する安全配慮義務を果たすためそれらの対応が必要であり、帰宅困難者対策条例は、企業におけるこのような安全配慮義務の遂行を期待していることを忘れてはなりません。特に、図7のように、東京都民による帰宅困難者対策条例(2012年制定)の認知度が低下しているなか、今回提示された図6等を活用して、改めて本条例と安全配慮義務との関係を再認識していただくことを推奨します。

参考までに、自治体における帰宅困難者対策を紹介します(表7)。

東京都と同様に条例にて一斉帰宅抑制等を求める自治体もある一方で、ガイドライン提示や啓発対応(チラシ・ホームページ)としている自治体もあります。いずれも法的拘束力はなく、条例という形式であっても努力義務として記載されています。そうした自治体等の状況をふまえ、特に自社拠点のある自治体について確認されることを推奨します。

(4)複合災害対策

複合災害とは、複数の災害に同時あるいは連続して被災することで被害が拡大し、災害対応の困難性が増す災害事象を指します。「2012年東京都被害想定」と「2013年中央防災会議想定」の想定では、首都直下地震と「浸水被害」や「土砂災害」の複合災害について言及されていました。「2022年東京都被害想定」ではこれに加え、「火山噴火」「感染症拡大」についても言及されています。

複合災害が発生した場合、首都直下地震だけが発生した場合と比べて被害対象が拡大し、影響が長期化します。仮に、地震の揺れによる停電が発生した状況で火山の噴火が発生した場合、降灰の影響で復旧のスピードが遅くなったり、停電エリアが拡大したりすることが考えられるのです。企業は、複合災害により被害が拡大し、影響が長期化した場合でも、あらかじめ定めた事業継続戦略や対策が十分に機能するか、重要事業が目標時間内に復旧可能か、再度検証することが必要となります。

また、複合災害が発生した場合、首都直下地震だけが発生した場合と比べて、事態の深刻度や対応すべき事項が変化します。地震発生から時間が経過するほど直接的な被害による人命リスク(災害関連死を除く)深刻度は軽減していくのが通常ですが、後から感染症が発生した場合、このリスクの深刻度は感染症のまん延状況によって変化することになるのです。地震自体への対応に加え、感染拡大防止対策や、社会に対する感染拡大防止等レピュテーションに配慮した復旧対応が必要とされます。

企業としては、事態の深刻度や対応事項の変化を予測して、対応手順等を追加整理することが望ましいのですが、複合のタイミングにより手順も変わり、どのような複合のパターンが発生するか完璧に予測するのは困難です。複合のパターンに応じて臨機応変に対応するためには、各ハザードの対応手順をしっかりと整理していることと、緊急時に情報収集がしっかりとできる点がポイントになると考えられます。

まとめ

本稿では、2022年5月に公表された東京都の首都直下地震等による被害想定と、過去公表された被害想定である「2012年東京都被害想定」や「2013年中央防災会議想定」を比較し、企業が取るべき地震対策について解説しました。
企業においては対応を大幅に方針転換する必要はありませんが、留意すべき点として解説した「エレベーター被害対策」「帰宅困難者対策」「複合災害対策」について、自社の対応を見直すきっかけとしてください。特に「帰宅困難者対策」については、事業規模や業種にかかわらず、すべての企業が実行すべき事項です。また、「複合災害対策」は近年の災害激甚化・頻発化やリスク多様化に備え、今後更なる対応強化が求められるため、現状に応じた取組の推進が望まれます。

MS&ADインターリスク総研株式会社発行のRM FOCUS 2023年1月(第84号)を基に作成したものです。

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