生態系に基づく災害リスク軽減と今後の利活用の検討

公開日:2023年6月30日

自然災害・事業継続

自然と人間の関係の再構築が喫緊の課題として認識される中、本稿では特に自然が持つ防災・減災の機能(生態系減災:Eco-DRR)の定義や考え方を整理した上で、今後の利活用に関して論じます。
グリーンインフラは、自然環境が有する機能を社会における様々な課題解決に活用する考え方で、例えば防災・減災や、生態系保全に役立つと考えられています。その中でも特に生態系を活かした防災・減災・インフラに着目する考え方として、Eco-DRRがあります。Eco-DRRは、これまでのインフラと共存するかたちで、より防災・減災能力を高めるための手段として注目されています。
ここ数年で、気候変動や自然資本といったテーマについて、TCFDやTNFDのように企業に対して自然への影響と依存に関する情報開示を求める枠組みなどが生まれています。このように、『自然と人間の関係の再構築』が注目されていますが、このテーマにはさまざまな考え方や着眼点があります。本稿においては、生態系を活かした防災・減災・インフラという観点に着目し、グリーンインフラストラクチャー、中でもEco-DRRについて論じます。

日本におけるグリーンインフラの考え方

2015年に閣議決定された国土形成計画、第四次社会資本整備計画では、「国土の適切な管理」、「安全・安心で持続可能な国土」、「人口減少・高齢化などに対応した持続可能な地域社会の形成」という課題への対策の1つとして、グリーンインフラに積極的に取り組んでいくことが記されました。今般の第五次社会資本整備計画の中にも組み込まれており、これまで3自治体しか実現できていないグリーンインフラを、2025年までに70の自治体で取組を開始することを目標として掲げています。
元々グリーンインフラは、自然環境が有する機能を社会におけるさまざまな課題解決に活用する考え方で、アメリカで発案された社会資本整備の手法です。しかしながら各国各地域に広がるにつれ、それぞれの国や地域が持つ背景や課題に応じて、考え方や特に着目される自然環境の機能などが広がりつつあります。

【表 1】の区分は、国土交通省が主催するグリーンインフラ官民連携プラットフォームが整理した、グリーンインフラが持つ要素とその詳細です。【表 1】に示すように、自然環境が有する多様な機能への着目の仕方によって、グリーンインフラの考え方や取組にもさまざまなものがあります。【表 1】に対応する形で、【画像 1】から【画像 4】のとおり事例を示しました。前述したようにグリーンインフラには多様な機能がありますが、本稿では防災・減災機能に焦点を当てます。
特に防災においては、グリーンインフラとともに、Eco-DRR(Ecological Disaster Risk Reduction:生態系減災)が取り上げられるようになっています。この概念自体は2008年に設立された「環境と災害リスク削減に関する国際的なパートナーシップ(以下、PEDRRとする)」において、政策提言や知識・事例の共有を行う中で出てきたものです。さらに、2015年に防災・減災に関する国際指針として採択された「仙台防災枠組」の中においても、防災・減災の手段の1つとして位置づけられるようになりました。インフラ設備などが貧弱な地域であっても自然の機能を活かすことによって防災・減災効果が期待できることから、発展途上国でも重要なアプローチとして取り上げられています。

Eco-DRRとは何か

ここからは、Eco-DRRがどのように防災・減災に貢献しているか論じます。その前段として、災害リスク(Disaster Risk)の考え方について説明します。元々、災害リスク(Disaster Risk)は、以下の条件がそろったときに顕在化すると言われています。

●自然災害が発生したとき【ハザード(Hazard)】
●自然災害が発生した場所に人、物、システムなどの要素が存在しているとき(損失の対象となるとき)【曝露】
●自然災害が発生した場所に人間活動が存在し、何らかの影響をもたらすとき【脆弱性】

Eco-DRRで期待されることは、①生態系による危険な【ハザード】の軽減、②土地利用の管理による【曝露】される地域のコントロール、という2点で自然災害のリスクを軽減することです。そして、ハザードと曝露を減らすことが結果的に【脆弱性】の低下にも貢献することになります。
既存の人工物のインフラとの違いに関しては【表 5】のように整理されています。

もちろん生態系インフラにも弱点(防災機能の担保ができない)などもあるため、人工物インフラが必要な局面も想定されます。そのため、すべてを人工物インフラ、生態系インフラという2項対立的に捉えるのではなく、必要に応じて人工物インフラと生態系インフラを組み合わせることで対応を行っていくことが理想的です。例えば、現在の日本の河川では既に、特定の降雨量を想定して堤防を造成していますが、Eco-DRRの考え方を活用することで、更なる防災・減災機能の付加が期待できます。
特に【表 5】でも整理しているように、人工物インフラは計画時に予測できないような事態への対処については弱点を抱えています。そのため、気候変動の影響による豪雨災害の激甚化が発生するなど、規模などの予測が難しい災害が発生した場合の対応においては、生態系インフラが持つ特徴で補うことができます(図 6)。

気候災害とEco-DRR

前章の最後に記載したとおり、近年は豪雨災害などによる被害が大きくなっています。2018年の西日本豪雨や2020年の台風19号などは記憶に新しいことでしょう。気象庁の研究から、この2つの豪雨災害では、気候変動によって降雨量が増加したことも要因であると言われています。また、経済活動においても気候変動は重要なテーマとなってきています。2022年4月より、コーポレートガバナンスコードの改訂により東証のプライム市場に登録する企業においては、TCFD(気候関連情報開示タスクフォース)に沿った開示を求められるようになるなど、日本でもホットワードになっています。
しかし、前述したように気候変動が人間社会に対して与える影響が注目されていますが、気候変動は当然人間社会の基盤である「自然」にも影響を与えることになります。
先般IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発表したIPCC第六次評価報告書(AR6)の第2作業部会報告書の中でも、気候変動が人間社会だけではなく、生態系サービスにも影響することが示されています(図 7)。

生物多様性を含む生態系は、気候変動の影響と、人間社会の影響の両方を受けます。このような場合、生態系は気候変動にも人間社会に対しても適応をしなければなりません。そのため生態系には多大な負荷がかかり、人間社会は現在普通に享受できている生態系サービスの恩恵を受けられなくなる可能性もあります。そのため、気候変動のみならず、生態系に対する負荷の軽減を考えていかなければなりません。一方で、適切な対応を行うことによって、気候変動に適応し、自然にも人間社会にも好影響を与える生態系を構築できるとも言及されています。
そのため、生物多様性への負荷の軽減が重要視されるようになってきています。2021年の11月に行われたCOP26においては、気候変動はもちろんのこと、生物多様性保全に対しても大きな関心が向けられました。そのため、今後は気候変動適応策だけではなく、生物多様性の保全に関して対応を行う必要があります。
特に日本のような災害が多い地域では、Eco-DRRを活用して生物多様性と共存していくことが求められます。前述したように、気候変動対策とEco-DRRの統合に関しては綿密に連携を行う必要があります。ただし、統合を行う際には焦点を当てている問題領域が異なっているため、考慮が必要です。【表8】では、それぞれの対比を行っています。

大きな違いとしては、実施者が誰になるかというところです。また気候変動問題は政策的な関心も高いため、企業としても行動しなければならないという意識を持っていると思われます。一方で、災害リスクに関しては地域コミュニティに起因するものが多く、現状としては企業活動に対してどのように結びついてくるのか見えづらい部分があります。
しかし、最終的に2つがめざす目標が、脆弱性の改善とハザードの軽減であることは同じです。そして、この2つの観点両方から見ていくことが今後必要になってくるため、統合が模索されていくことが望まれます。そのことが、最終的にはレジリエンスを持つ社会構造の構築へつながっていきます。

レジリエンスをもった社会構造へ

レジリエンスという言葉は、弾性・回復力という意味を持ちます。つまり、レジリエンスを持った社会というのは、気候変動の影響などによる未曽有の大災害が発生した際に、被害を最小限にするとともに速やかに回復できる社会のことを指します。このような社会の構築を検討する上では、例えば日本において以前より管理されてきた里山などが参考になります。
古くから日本では雑木林を、資源の供給源として捉えてきました。そのため、人々は山林の管理や状態の把握を欠かさず行ってきました。しかし、エネルギー源の転換などにより薪炭林の価値が低下し、後継者の不足なども相まって、放棄や管理不足が進みました。所謂里山と呼ばれる景観以外の山林でも、海外からの安価な輸入材の普及などに伴って、同じように放棄や管理不足が問題となってきました。その結果、人の手が入ることを前提としていた生態系が急激に変化したり、樹木の生育が不十分になったり、豪雨などにより土砂が流れた際に山への根付きが不十分な樹木が巻き込まれて被害が増大したり、地域の人々が地域の自然の状態を十分に把握できていなかったことにより被害を避けられなかったりと、災害リスクの高まりが懸念されます。里山や山林などの地域の自然を適切に管理することは、ハード面とソフト面の両方において、災害リスクの低減に貢献できると考えられます。
レジリエンスを持った社会構造の構築をめざすには、前述した里山の例にもあるように、地域の自然を把握したうえで、目の前で何が起きているか確認すること、そして適切な管理や対策の手段を取っていくことが重要になります。

今後のEco-DRRの展開

今回紹介したように、Eco-DRR自体は世界各地において実装が行われている段階であり、目にする機会が増えてきています。日本においても2021年の8月にPEDRRと国際自然保護連合(IUCN)の日本委員会がオンラインで教職向けのワークショップを実施し、Eco-DRRを社会実装していくための議論が活発化しています。今後は、UNEPが発行している Eco-DRRソースブックの日本語訳などを経て、認知の拡大および利活用の幅を増やし、より多くの自治体・企業へ伝搬することが想定されます。
災害が激甚化している現代において、不確実な事象に対応をするために、気候変動対策のみならず、自然が持つ機能も合わせて何ができるのか、考えて頂ければと思います。

MS&ADインターリスク総研株式会社発行のサステナブル経営レポート2022年4月(第14号)を基に作成したものです。

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