内閣府による首都直下地震の被害想定(2025年12月19日公表)

公開日:2026年5月29日

自然災害・事業継続

2025年12月に内閣府から首都直下地震に関する新たな被害想定が公表されました。前回被害想定(2013年)から約10年ぶりの見直しであり、10年間の各種研究成果を踏まえた震度・津波の再評価が行われています。さらに、10年間の防災対策取組を反映した建物被害・人的被害等の推計が行われています。

本レポートでは、前回(2013年)からの変更点、震度・津波評価の内容および想定される被害の具体的様相について解説します。

首都直下地震の被害想定の変遷

政府による首都直下地震の被害想定は、過去の震災の教訓やその時々の最新の科学的知見を反映して改定が重ねられてきました。最初の体系的な被害想定は2005年に中央防災会議によって公表されましたが1)、その後、2011年東北地方太平洋沖地震の被災経験を踏まえて、2013年に抜本的な見直し2)が行われました。

2013年の想定では、2005年の想定で検討対象に含まれていなかった関東大地震クラスの地震を検討すべきとされ、2013年時点の最新の科学的知見に基づき地震の規模、揺れ、津波等の見直しが行われていました。

今回の2025年の見直し3)は、前回の想定から約10年が経過し、政府の「首都直下地震緊急対策推進基本計画」策定から10年の節目を迎えたことを契機に実施されたものです。この間の地震学の進歩に加え、建物の耐震化や不燃化といったハード対策の進捗、さらには高齢化の進行や単身世帯の増加、デジタル社会への移行といった社会構造の大きな変化を反映し、最新の知見に基づく被害の再評価を行うことを目的としています。

 

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前回被害想定からの主な変更点

今回の被害想定見直しにおける主な変更点として、震源モデルの更新、震度分布の再評価、津波浸水深の再評価が挙げられます。以下では各項目の内容を概説します。

(1)震源モデルの更新

本被害想定で検討対象とされた地震の一覧を図1および図2に示します。検討対象の地震は発生確率が比較的高いとされるM7クラスの地震と、発生確率は低いものの大きな被害が想定されるM8クラスに大別されます。

M7クラスの地震に関する2013年想定からの変更点は大きく2点あり、1点目は関東平野北西縁断層帯の扱い、2点目はさいたま直下地震の扱いです。関東平野北西断層帯については、2013年想定時には1つの震源として扱われていましたが、2015年公表の地震調査研究推進本部による活断層研究の成果を反映すべく、深谷断層帯および綾瀬川断層の2つの別の震源として評価を行うように変更となっています。

さいたま直下地震については、2013年想定時には事前に発生場所を特定できない地震の1つとしてさいたま市直下の浅い位置に想定される震源として評価されていましたが、前述の関東平野北西縁断層帯の評価見直しにより、さいたま市付近に位置するより規模の大きい地震として綾瀬川断層を評価することとなったため、さいたま直下地震としての評価は行わないこととされました。

以上の変更点により、M7クラスの震源としては、事前に発生場所を特定しにくい地震として11地震および活断層等事前に発生場所を特定できる地震として8地震の合計19地震が想定地震として選定されています。

M8クラスの地震については、2013年想定時と同様に相模トラフ沿いおよび日本海溝沿いの5地震が検討対象とされていますが、このうち大正関東地震タイプの地震については、震源モデルの大きな見直しが行われています。2013年想定時の震源モデルでは、埼玉県内の震度分布を再現するために東京湾北部のフィリピン海プレート上面に「強震動生成域」と呼ばれる強い揺れを出す領域を設定していましたが、この設定では震源に近い東京都心周辺の震度が過大に計算されてしまうという課題が残されていました。

そこで今回の被害想定では、墓石の転倒状況等の被害データに関する分析結果を基に東京湾北部の強震動生成域を削除し、その代わり、震源から離れた場所であっても厚い堆積層を伝わることで揺れが増幅され減衰しにくい「表面波」の影響を考慮した計算式を新たに導入しすることで、埼玉県での震度分布を再現しつつ、東京都心部の揺れを当時の実態により即した適正なレベルへと修正する震源モデルを設定しています。

 

首都直下地震等による東京の被害想定と企業が取るべき地震対策について解説しています。

 

(2)震度分布の再評価

震度分布の評価については、前述の震源モデルの見直しに加え、震度評価手法の見直しも反映されています。主に地盤モデルの改良および遠距離における揺れの大きさの評価手法の更新が行われており、これらは2025年3月に公表された南海トラフ地震の被害想定見直し6)において採用された手法と同様のものです。

図3に、都心南部直下地震における震度分布について、2013年想定および2025年想定の震度分布図を比較して示します。震源モデルは2013年想定時から変更がないことから、震度分布に大きな変化は認められないものの、局所的には地盤モデルの変更等の影響による震度の増減が見られます。

次に、図4に、大正関東地震タイプの地震に関する震度分布について、2013年想定および2025年想定の震度分布図を比較して示します。大正関東地震タイプの地震については、前述のとおり震源モデルの大幅な見直しが行われたことから、震度分布が大きく変化しています。特に東京都心部および神奈川県東部で変化が顕著に見られ、2013年想定では強震動生成域が直下に設定されていたことにより広範囲で震度6強の非常に大きな震度が想定されていましたが、2025年想定では当該強震動生成域が削除されたことにより、震度5強~6弱程度の揺れにとどまる結果となっています。

図5(a)~(d)には、2025年想定における深谷断層帯および綾瀬川断層の震度分布図を、2013年想定の関東平野北西縁断層帯およびさいたま直下地震の震度分布図と比較して示します。2013年想定における関東平野北西縁断層帯の評価では震度6強の強い揺れが想定される範囲は埼玉県中央部に限定されていましたが、2025年想定における深谷断層帯の評価では震度6強の揺れの範囲が拡大しており、埼玉県北西部から群馬県南部にまでおよんでいます。

これは、2013年想定時の関東平野北西縁断層帯は長さ約23km・地震規模Mw6.9で想定されていたものが、2025年想定時の深谷断層帯では長さ69km・地震規模Mw7.6に変更されたことが主要因と思われます。なお、埼玉県南部に強い揺れをもたらす地震としては、2013年想定ではさいたま直下地震が、2025年想定では綾瀬川断層が該当しますが、両者の震度分布図は図5(c)および図5(d)のとおりおおむね類似しており、震源モデルの見直しによる影響は小さいと言えます。

首都圏に拠点を有する企業では、都心南部直下地震や大正関東地震を対象に自社の防災取組を検討していることが多いと思われますが、今回の震度分布の再評価に伴い自社拠点での想定震度も変わっている可能性があり、改めて想定震度を確認することが重要といえます。また、関東平野北西縁断層帯のように、活断層研究の進展により震源モデルが変更となった場合には想定震度にも大きな変化が現れることから、常に最新の被害想定の情報を確認しておく必要があります。

(3)津波浸水深の再評価

津波浸水深の評価については、震源モデル自体の変更はないものの、この10年間での地形の変化や堤防の整備状況、また建物の立ち並び状況による水の流れにくさ(粗度)等の最新データを反映して再計算が行われています。

具体的な津波の高さとして、大正関東地震タイプの地震における沿岸部の津波高を図6に示します。東京湾内ではおおむね2m程度以下、伊豆半島から三浦半島・房総半島南部で3~6m程度、地形によっては局所的に10m程度の津波高と評価されています。前回想定との違いは地形データ等の更新によるものですが、想定津波高の差は20cm程度でありおおむね前回想定と同様の結果といえます。

想定される被害の様相

今回の被害想定では、前章で示した震度や津波浸水深の再評価結果に加えて、前回想定以降に実施された防災取組や社会情勢の変化等を踏まえ、人的・物的被害の想定見直しが行われています。検討対象の地震は、首都機能への影響が大きい都心南部直下地震および津波を伴う海溝型地震のうち大正関東地震の2地震が選定されています。

図7に、都心南部直下地震を対象に人的・物的被害の概要を新旧比較して示します。今回の被害想定では死者数は約1.8万人、全壊・焼失棟数は約40万棟と評価されており、前回想定から大きく減少しています。また、その他の評価項目についても大半が前回想定よりも被害が減少しています。これらの被害減少は、前回想定以降に実施された各種防災取組の効果といえます。

一方、例えば停電軒数や下水道支障人口といった項目では、前回想定よりも被害が増加しています。これは、電灯軒数や下水道処理人口の増加といった社会的要因の変化による影響です。

以降では、都心南部直下地震を例に、建物被害および人的被害について防災取組と被害想定結果への影響を述べます。

 

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(1)建物被害

図7に示すとおり、都心南部直下地震では全壊および焼失する棟数は約40万棟と推計され、前回の約61万棟から約3~4割の減少が見込まれています。具体的には、揺れによる全壊が約11万棟、火災による焼失が約27万棟となっています。2013年以降に建物の耐震化の取組が大きく進んでおり、住宅のほか病院・学校・省庁等各種公共施設含めていずれも耐震化率90%以上を達成したことが、被害減少の主な要因といえます。

火災対策については、感震ブレーカーの設置は進んでいるものの、木造住宅密集地域を中心とした火災リスクは依然として高く、風速が強い条件下では同時多発的な火災により甚大な被害が発生する可能性が残されています。

図8に、住宅の耐震化率および感震ブレーカー設置率の違いによる建物の全壊棟数・焼失棟数の違いを示します。2025年想定時の耐震化率は約90%ですが、耐震化率を95%まで向上させると全壊棟数は約6.3万棟まで低減でき、耐震化率100%に達すると全壊棟数は約1.5万棟まで低減できると評価されています。感震ブレーカーについては、2025年想定時は30.5%ですが、設置率50%で焼失棟数は約19万棟、設置率100%で約7.4万棟に減少できると評価されています。

このように、耐震化率および感震ブレーカー設置率の向上が被害低減に大きく寄与することが分かりますが、これらの防災取組は前回被害想定時よりは普及が進んでいるものの政府の目標水準には未だ達しておらず、今後さらなる推進が望まれます。

(2)人的被害

図9に都心南部直下地震における人的被害を要因別に示します。建物被害伴う死者数は前回の約2.3万人から約1.8万人へと減少しており、その内訳は建物の倒壊等によるものが約5,300人、火災によるものが約1.2万人と想定されています。これらの被害減少は、前述の建物耐震化率や感震ブレーカー設置率の向上による効果と考えられます。

一方、屋内収容物移動・転倒、屋内落下物による死者数や、急傾斜地崩壊による死者数は前回想定よりもわずかに増加しています。想定するハザードや被害想定手法の違いがあるため単純な比較をできませんが、例えば屋内収容物移動・転倒・屋内落下物による死者数については、家具の固定化率が前回想定よりも低下していることや高層ビルの増加による上層階での被害増加等の要因が考えられます。

建物の耐震化に加えて、今後は屋内の地震対策を推進していくことが被害低減のためには重要と考えられます。

また、今回の被害想定の特徴として、直接死に加えて災害関連死に関する推計が示された点が挙げられます。これは2011年東北地方太平洋沖地震や2024年能登半島地震の実績に基づいて推計されたものであり、都心南部直下地震では1.6~4.1万人の災害関連死が発生すると評価されています。

建物の耐震化等の直接的な死者数の低減に向けた対策は着実に進んでいますが、今後は避難生活の長期化や医療サービスの継続困難等に伴う災害関連死の抑制に向けた取組についても、より一層進めていく必要があると考えられます。

 

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まとめ

本報告では、約10年ぶりに見直しが行われた首都直下地震の被害想定について概説しました。今回の被害想定では、科学的知見に基づいて震源モデルや地震動評価手法の見直しが行われ、特に大正関東地震における東京都心部での想定震度が前回想定よりも小さく評価される結果となりました。

また、人的被害や建物被害の推計も見直されており、ここ10年の防災取組の成果により想定される被害が大きく減少となっています。企業における防災取組を考える上では、今回の被害想定に基づき自社拠点での想定震度・津波浸水深やライフライン被害等事業運営に影響をおよぼす項目を再確認し、最新の情報に基づき防災対策を見直すことが重要です。

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