今こそ求められる、企業における睡眠対策 ~健康づくりのための睡眠ガイド2023を踏まえて~

公開日:2024年10月11日

健康経営・メンタルヘルス

厚生労働省では2024年2月、睡眠時間の重要性に加え、質の良い睡眠確保のための留意点を盛り込んだ、「健康づくりのための睡眠ガイド2023」を作成しました。本稿では、ガイドラインの解説とともに、企業における睡眠対策の重要性を中心に解説します。

「健康づくりのための睡眠ガイド2023」のポイント

睡眠は、こども、成人、高齢者のいずれの年代においても健康増進・維持に不可欠な休養活動ですが、日本人の睡眠時間は大変短く、重要な健康課題となっています。睡眠不足は、日中の眠気や疲労に加え、さまざまな不定愁訴(※)を招き、注意力や判断力の低下に関連する作業効率や学業成績の低下等、その影響は多岐にわたり、さらに事故等の重大な結果を招く場合もあるとされています。

また、さまざまな睡眠不良の問題が慢性化すると、肥満、高血圧、2型糖尿病、心疾患や脳血管障害等の発症リスクを上昇させ、症状の悪化を招き、死亡率の上昇にも関与することが明らかになっています。さらにうつ病等の精神疾患においては、睡眠で抱える問題そのものが発症リスクを高めるという報告さえもあります。

こうした状況を踏まえ、「適正な睡眠時間の確保」と「睡眠休養感の向上」が、すべての国民が取り組むべき重要課題であるとして、「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(以下:睡眠ガイド)がまとめられました。(筆者にて前文を要約)

※不定愁訴(ふていしゅうそ):はっきりとした病気や診断名がないのに、体調が悪いと感じるさまざまな症状を指します。

 

2021年に改正された労災認定基準のポイントについて解説しています。

 

睡眠に関する推奨事項の概要

睡眠ガイドでは、基本事項を世代別にまとめていて、あくまで個人差(健康状態・身体機能・生活環境等)を踏まえることとしながらも、生活環境や睡眠環境等の異なるライフステージごとに、「十分な睡眠時間の確保」と「睡眠休養感を高める」ための数値(時間)目標までを踏み込んで示しています。

◆高齢者版(60歳以上)8時間以上の床上時間は認知症のリスクを高める。
◆成人版(20歳~59歳)6時間以上を目安とし、食生活や運動等の生活習慣を見直して睡眠休養感を高める。
◆こども版(0歳~19歳)年代別に細かく示されているが、朝は太陽の光をしっかり浴びて、日中は運動をし、夜更かしの習慣を避けることを基本としている。

睡眠に関する情報を6項目に分類

  1. 良質な睡眠のための環境づくりについて

  2. 運動、食事等の生活環境と睡眠について

  3. 睡眠と嗜好品について

  4. 睡眠障害について

  5. 妊娠・子育て・更年期と良質な睡眠について

  6. 就業形態(交代制勤務)と睡眠の課題について

企業における睡眠対策の重要性

ここからは睡眠ガイドを踏まえて、企業における睡眠対策を中心に、働く世代の良質睡眠確保について解説していきます。

1.睡眠の働きと身体への影響

「寝ないで働くことが美徳」とさえいわれ、あまり睡眠が重要視されていなかった時代から、現在は「パフォーマンス向上のためには不可欠」と、その認識は大きく変わりつつあります。しかし、睡眠の働きと影響についての認識は、個人、企業ともに未だ十分とは言えません。良質睡眠に向けての行動変容は、まずその働きと身体への影響を正しく理解することから始まります。

●睡眠の働きと関連する病気

▶脳を休める
・集中力や記憶力がアップする
・イライラを解消する
・明日へのエネルギーを蓄える

▶身体を休める
・疲労物質(乳酸)を除去し、身体の疲れを取る

▶自律神経を休める
・交感神経・副交感神経の調子を整える

睡眠は多くのパワーを兼ねそなえ、これらの働きをします。良質な睡眠が確保できず、働き(全身のメンテナンス)がうまくできないと、免疫力が低下し、感染症、メタボリックシンドローム、うつ病等さまざまな病気を発症させます。最近ではがんや認知症のリスクも高くなるといわれています。

●睡眠休養感と死亡リスクの関連

睡眠ガイドでは特に、睡眠休養感(※)の重要性が強調されています。図2が示すように、睡眠時間が6.9時間以上ある場合は、睡眠休養感があってもなくても、死亡リスクは0.55倍と低いのですが、睡眠時間が5.5時間未満では、睡眠休養感がない場合の死亡リスクは1.54倍と、休養感がある場合のリスク1.34倍よりも0.2倍高くなっています。ここでは、時間の短さと休養感の不足、この2つの要因が死亡リスクを押し上げていることを示しています。

※睡眠休養感:「朝起きた時にぐっすり寝た」「休息が取れたと感じるかどうか」が、ひとつの目安とされています。

 

日本循環器学会では2023年3月、「循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン」(2010年初版)を発出しました。本ガイドラインは循環器医療に携わる医師向けのいわば教科書的な内容で、循環器疾患と睡眠障害の密接な関係から、疫学、病態、診断、治療法について言及しています。

 

2.企業の業績アップと睡眠の関係

●睡眠と業績アップの関連性を示す調査

今まで個人の問題としていた「従業員の睡眠のあり方」に、企業がやっと目をむけ始めました。しかし積極的に対策に取り組んでいるのは、一部の大企業や、居眠り運転による事故が死活問題となり得るバス・タクシー・トラック等運輸業における睡眠時無呼吸症候群(SAS)対策に限られているように見受けられます。

その理由として考えられるのは、睡眠と企業の生産性との関連性がエビデンスにより明確に示されていなかったからだと推察されます。しかし、良質睡眠は従業員の健康だけではなく、企業の業績アップにも寄与することが昨今の研究で明らかになってきました。下記に示す【参考】は上場企業を対象とした調査ではありますが、睡眠の時間と質が企業業績に明らかに関わることを検証しています。

 

●長時間労働と睡眠&企業のリスク

睡眠ガイドでは、睡眠時間と労働時間の関連を図3のグラフで示しています。食事・入浴・通勤・余暇等日常生活に不可欠な時間と、所定の労働時間(拘束時間)を基本に、各時間外労働時間数を計算すると、睡眠時間は時間外労働が長くなるほど短くなります。時間外労働時間80時間の場合に確保できる睡眠時間は5.8時間となり、睡眠ガイド(成人版)で目標としている6時間さえもが確保できません。

物流・運送業界では2024年から年間960時間(月80時間)規制が「2024年問題」として、そしてそれが国民生活にまで及ぶ問題として注目されていますが、時間外労働時間の月80時間以内は、企業のコンプライアンス厳守と同時に、睡眠確保の側面からも死守しなければなりません。

2024年問題を正しく理解するために、おさえておきたい基礎知識について解説しています。

 

さらに長時間労働による睡眠不足は、脳・心臓疾患やうつ病等の精神疾患の原因とされるとともに、長期の休養やプレゼンティーズムの原因になります。特に最近は過労死として労災認定になるケースも頻繁に発生していて、社会における重要課題となっています。睡眠問題は企業のイメージ低下はもとより、社会的信用の失墜にも繋がりかねません。

 

●就労形態(交代制勤務)と睡眠の課題

便利な日本の24時間型社会を支えている交代勤務者は、就労者の4分の1(非正規含む)といわれています。しかし、交代勤務者は人間が本来持っている体内時計(※)の機能に逆らって生活しているため、さまざまな身体へのダメージを抱えることになります。不規則勤務で体内時計が乱れると、ホルモンの分泌や自律神経に乱れが生じ、消化吸収、代謝に影響を及ぼし、うつ病や生活習慣病をはじめとしたさまざまな病気を発症させます。

そこで、重要な役割を担うのが、食事時間です。食事の時間を一定に保つことで、身体は目覚め、日中のリズムに順応していきます。例えば夜勤の人は、目覚めてから仕事に行く前にとる食事が「朝食」、仕事が終わってからの食事は午前中であっても、「夕食」となり、なるべく5時間程度の間隔を空け、リズムを崩さないことが身体へのダメージを少なくする重要なポイントとなります。

※体内時計:人間が生まれつき備えている時間測定の機能で、睡眠や行動の周期に影響を与えています。脳には「中枢時計」、心臓、胃、腸、筋肉には「末梢時計」という大きく2つの働き(時計)があり、血圧やホルモン分泌等、身体の基本的な機能を調整しています。

● 企業の睡眠への取組み(睡眠キャンペーンでメタボ者が減少)

ある企業では、増加するメンタルヘルス不良者への対応として、社内でアンケート調査を行った結果、「睡眠時間が6時間未満の従業員が6割以上、しかも睡眠休養も取れていない」という従業員の睡眠課題が明らかになりました。

これらが生活習慣病症や、集中力・判断力の低下を招くというエビデンスを鑑み、睡眠キャンペーンを始めたとのことです。キャンペーンの実施効果は、メタボリックシンドローム該当者の減少や、睡眠時無呼吸症候群(SAS)スクリーニング検査の導入という、当初は想定していなかった効果や、事業の広がりにまで及んだとのことです。

現在多くの企業が、集中力や仕事効率のアップに絶大な効果があるとして導入しているのが、仮眠です。仮眠室を設けて「ちょっと寝」を社内で推進した結果、仕事の効率アップにつながったという企業の事例がすでに複数あります。ただし、仮眠は15分~30分までとするのがポイントで、これ以上の睡眠は睡眠惰性が生じて眠気が強くなり、かえって能率低下を招きますので注意が必要です。

不規則勤務者が多い医療関係者や航空会社では、すでに仮眠室を常設していますが、中小企業でも休憩室の有効活用など検討できれば、その効果を期待できるのではないでしょうか。

健康経営とメンタルヘルスの位置づけ、メンタルヘルス不調者低減に向けた取組等について解説しています。

 

3.睡眠時無呼吸症候群(SAS)は罹患率の高い睡眠障害

睡眠ガイドでは、睡眠障害には「睡眠環境、生活習慣、嗜好品」によるものと、「医療機関への受診が必要」なものと、二分して説明しています。この両方に関係し、企業における有効な対策となるのが、睡眠時無呼吸症候群(SAS)への取組です。SASはその罹患率の高さ(NPO法人ヘルスケアネットワーク  2023年度SASスクリーニング検査では40.5%がSASの疑い)に加え、生活習慣病や重篤な疾患を伴う合併症を誘発します。それはそのまま従業員の健康に影響を及ぼし、企業の生産性低下を招きます。

さらにSASによる事故率は、SASの有無により2.4倍(国土交通省)とされ、脳・心臓疾患による運転中の健康起因事故にも直結することから、国土交通省は「自動車運送事業者における 睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル~SAS対策の必要性と活用~」を発出し、バス、タクシー、トラック事業者にSAS対策を求めています。

 

一方、昨今では健康寿命延伸や福利厚生の一環として、健康保険組合等がSASスクリーニング検査を実施しています。SASは肥満が最大の危険因子とされていますので、メタボリックシンドローム対策としても功を奏しているとのことです。

 

福利厚生を充実させるメリットと注意点を解説しています。

 

4.健康経営と睡眠教育

2016年度に創設された「健康経営優良法人認定制度」は、申請・認定件数ともに右肩上がりで増加し、中小企業にもブライト500が導入されるなど、その認知度は高まっています。

NPO法人ヘルスケアネットワークが全日本トラック協会事業として実施している「運輸ヘルスケアナビシステム®」(※)でも、連続してブライト500を取得している事業者はすでに複数あり、その内の1社は2025年に向けた新たな取組として、「睡眠教育」を挙げていています。本年6月には筆者が「不規則勤務者のための睡眠対策」をテーマに講演をしましたが、個々事業者の状況やニーズに合った目標設定や具体的な対策が実効に繋がるといえます。

一方、大企業を対象とするホワイト500取得事業者の中には、従業員へのアンケートから見えた、「睡眠不良が5割」という結果を重く受け止め、さらに生産性指標との関わり、プレゼンティーズムやアブセンティーズムによる企業ダメージを鑑み、健康経営認証制度をスタートし、経年で推進することで確かな効果を上げている企業があります。その一例として、「自社株価の上昇」があり、その影響力の大きさに驚いたと、関係者がコメントしています。

さらに経済産業省では、厚生労働省、総務省とのコラボにより、国民の予防・健康づくりを目指したPHR(Personal Health Record)への取組を始めています。
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/phr.html

※運輸ヘルスケアナビシステム®:全日本トラック協会の健康支援事業で、主に定期健康診断をフォローアップすることを目的として2017年にスタートし、NPO法人ヘルスケアネットワークが受託しています。

良質な睡眠確保のために

次に、睡眠ガイドで示されている項目を、日常において個人が自ら振り返りとチェックができるよう、「良質睡眠のためのポイント」を3項目に分類して示しました。

1.睡眠環境

▶寝室は適切な室温(23度前後)、湿度50~60%に設定し、なるべく暗い場所や静かな環境を確保する。
▶枕・ベッド・寝間着等は清潔な肌触りの良いものを着用する。
▶寝付けない場合には、無理に眠ろうとしないで、一旦ベッドから離れ、静かな音楽を聴くなど気持ちをリラックスさせる。
▶日中に眠くてどうしようもない時は、15分~20分程度の仮眠をする。就寝4時間以上前の仮眠であれば、主睡眠に影響しない。
▶休日の睡眠のとり方を工夫する。
▶強い光は交感神経を活発にするため、午後10時以降はコンビニ等、明るいところに出入りしない。
▶規則的な睡眠習慣を心がけ、十分な睡眠時間を確保する。
▶就寝30分~1時間前からは、TVゲームやインターネット、スマートフォン等の使用は避け、ブルーライトは浴びない。また機器を寝室に持ち込まない。
▶起床直後に、朝の光を30分以上浴びる。

2.生活習慣

▶睡眠日誌を2週間程度記録して、自分の睡眠状態を知る。
▶夕食は就寝の3時間以上前に、消化の良いものを摂る。
▶体内時計を調整するため、食事時間の規則性を守る。
▶一日の体内リズムをスタートさせるために、朝食を欠食しないようにする。
▶身体活動が眠りの質に影響するため、可能であれば週に3日以上運動する日を作る。

3.嗜好品

▶アルコールやカフェイン含有飲料(コーヒー・紅茶・ウーロン茶・コーラ等)は就寝の3時間前からは飲まない。多量のアルコール摂取は、中途覚醒と利尿作用をもたらし、トイレ回数が増える。カフェイン含有飲料は寝つきや睡眠を妨害する。
▶タバコに含まれるニコチンには覚醒作用があるため、深睡眠を減少させる。就寝前のタバコは控える。

まとめ

睡眠ガイドが示すように、良質な睡眠確保には、睡眠環境、生活習慣、嗜好品に重要なポイントがあります。良質な睡眠を得るために個人が日々心がけることは何より重要ですが、勤労世代では労働時間や就業形態を踏まえた「働き方」を切り離して語ることができません。企業の睡眠対策は、「健康な従業員の確保」と「生産性や企業価値を高める」ことに直結します。睡眠を核とした健康への取り組みが今後はさらに求められます。

 

【参考文献】

古井 裕司他 (2018年6月) 「中小企業における労働生産性の損失とその影響要因」No.695
へるすあっぷ21 (株)法研(2022年11月第457号 2024年4月第474号)
*図表の表示番号は、睡眠ガイド内の表示に基づく

NPO法人ヘルスケアネットワーク(OCHIS) 副理事長 作本 貞子

国土交通省健康起因事故対策協議会委員        
健康起因事故防止ワーキンググループ委員
「安全と健康を推進する協議会」(両輪会)代表


【プロフィール】
2003年、居眠り運転と関連性の深い睡眠時無呼吸症候群(SAS)対策事業を日本でいち早く立ち上げ、全日本トラック協会や日本バス協会のSAS検査の指定機関等として突出した実績を持つ。
2017年、運輸業界向けに定期健康診断結果をフォローアップする運輸ヘルスケアナビシステム🄬を構築し、全日本トラック協会の受託事業として全国展開している。
安全と健康をテーマとして、全国的にセミナー講演や執筆活動を行っている。

●著書
「睡眠時無呼吸症候群(SAS)ガイドブック」 
「睡眠時無呼吸症候群(SAS)早わかりガイド」  
「睡眠ガイドブック」 
「運輸業界のためのSAS対策Q&A50」 他

●執筆
全日本トラック協会「健康起因事故防止マニュアル(改訂版とも)」
「新型コロナウイルス感染予防対策マニュアル」
自動車事故対策機構(NASVA)「運行管理者一般講習用テキスト29年版」 
国土交通省発出「SAS対策マニュアル改訂版」2015年8月の執筆に関わる。

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