南海トラフ地震臨時情報発出時の企業対応について

公開日:2023年6月1日

自然災害・事業継続

2019年に「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン」が内閣府より公表されました。

本稿では、2019年の運用開始から約3年を経て、「南海トラフ地震臨時情報」が発出された場合の企業対応について、実例を見ていきましょう。そして、そこから紐解く検討のポイントを解説します。

はじめに

2022年1月22日1時8分に、日向灘(ひゅうがなだ)の深さ45kmを震源とするM6.6の地震が発生し、大分県、宮崎県では最大震度5強が観測されました。この時に気象庁が開いた会見で質疑のテーマとなったのが「南海トラフ地震臨時情報」です。

2019年から運用が開始された南海トラフ地震臨時情報が発表寸前まで至ったのはこの時が初めてであり、こうした制度があることを初めて知った方も多いのではないでしょうか。また、南海トラフ地震の被害想定地域に拠点を持つ企業においては、BCPを実践する可能性についても、より実感を持ったといえるでしょう。

「南海トラフ地震臨時情報」は、2019年5月31日より運用が開始されており、「南海トラフ地震の想定震源域付近で異常現象が観測され、その現象が南海トラフ沿いの大規模地震と関連するかどうか調査を開始、または継続している場合」、および「観測された異常現象の調査結果を発表する場合」に、気象庁から発表されます。詳細の運用の流れは後述しますが、この臨時の情報の発表に至る基準の一つである「想定震源域またはその周辺でM6.8以上の地震が発生」というトリガーが、今回の日向灘地震において、南海トラフ地震臨時情報発表の可能性に言及された要素でもあります。

BCMニュース <2019 No.2>「企業の南海トラフ地震対策の方向性について」では、南海トラフ地震臨時情報への対応ポイントが記載されたガイドライン「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン」から紐解く企業が検討すべき事項を解説しましたが、本稿では、企業の具体的な検討・運用事例を交えながら、南海トラフ地震臨時情報に関する企業の対応のポイントを解説します。

「南海トラフ地震臨時情報」の概要

本稿の前提として重要な項目であるため、改めて臨時情報の運用について、要約を掲載します。

南海トラフ臨時情報の種類と発表フロー

気象庁では、中央防災会議「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」の変更を踏まえ、2019年5月31日15時より「南海トラフ地震臨時情報」および「南海トラフ地震関連解説情報」の提供を開始しました。これらは、気象庁ホームページで確認でき、臨時の情報を発表した際は、テレビ・ラジオ・気象庁ツイッター公式アカウントからも情報が発信されます。

臨時情報の種類、並びに発表までのフローについては、表1、図1の通りです。

(出典:気象庁「南海トラフ地震臨時情報」の提供を開始しました(リーフレット)2019年5月31日)

(出典:内閣府「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン」(2021年5月改訂))

企業における南海トラフ地震臨時情報への対応のポイント

先述のガイドラインでは、南海トラフ臨時情報に対する企業の対応について、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)発表後は、企業活動を1週間どのように継続するか検討する」、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)発表時は個々の状況に応じて、後発地震に備えて注意した防災対応を検討する」ことを推奨しています。具体的には、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」が発表された際、必要な事業を継続するための措置と後発地震に備えた具体的な防災対応について、8項目が提示されています(表2)。

出典:内閣府「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン」(2021年5月改訂)を元に、当社にて整理)

いずれにしても、ガイドラインに示された、南海トラフ地震臨時情報に対する企業活動の基本的な考え方は、「南海トラフ地震臨時情報発表時には、後発地震の発生に備えて種々の防災活動や被害軽減のための準備を行うべきであり、特に、「警戒」が発表された場合は、平常業務の縮退もやむを得ないといえます。ただし、重要な業務については安全を確保したうえで継続する方策を検討すべき」というものといってよいでしょう。

企業における南海トラフ地震臨時情報の対応事例とそのポイント

ここでは、当社クライアントのうち、「南海トラフ地震臨時情報」の発表時の対応事項を検討・整理している5社の対応方針を紹介し、そこから導き出される企業の具体的検討・対応ポイントを整理していきます。

【表3:南海トラフ地震臨時情報に対する企業の対応事例】

(MS&ADインターリスク総研にて作成)

事例から見るポイント①:巨大地震警戒では「事業停止」も視野に入れる

表3を見ると、巨大地震警戒が発表された場合、「一時的な事業停止/拠点閉鎖」も視野に入れた対応を取っているケースが多いことがわかります。南海トラフ地震臨時情報が発表されると、おおよそ1週間は発表が継続されるため、この判断は1週間程度の業務の停止も視野に入れた経営判断と見ることができるでしょう。

なお、事例にある「事業の一時停止」だけではなく、テレワークが普及した現時点においては、「テレワークによる事業継続(例:臨時情報が解除されるまでは原則テレワーク)」も一つの対策として挙げられる。また、実際に巨大地震が発生した場合にスムーズに事業が継続できるよう、巨大地震警戒期間中に「事業継続の準備」を行うことも検討すべきであるといえます。

事実、C社では、拠点は閉鎖するものの、「在宅勤務ルールの緩和(テレワークの促進)」と「代替拠点の選定と人事諸手続」を行うことがルールとして示されています。このように、これから南海トラフ地震臨時情報への対応方針を検討・見直しする場合は、事例にある「事業・業務の一時停止」だけではなく、従業員の安全が確保されている環境で業務することを前提として、「テレワークによる業務継続」や「事業継続の準備」の観点も考慮することを推奨します。

事業継続力強化計画の基本的な仕組みや策定するメリット、具体的な策定手順について解説しています。

 

事例から見るポイント②:巨大地震注意では、警戒を高めつつも業務を継続する

巨大地震注意情報発表時には「業務継続」が基本路線となっている事例が多いです。これは、ガイドラインで巨大地震注意の対応として「必要な事業を継続させるための措置を実施したうえで(中略)防災対応を検討する。」と示されていることを踏まえた方針であるといえます。

なお、業務継続の前提となる従業員の安全確保を目的として、「地震への備えを再確認すること」、「自治体の指示に従うこと」を記載しておくこともポイントです。

事例から見るポイント③:予想震度および予想津波浸水地域により対応を区別する

拠点で予想される震度や、津波浸水想定区域かどうかで、対応を区別する事例が見られます。表3のA社では、巨大地震警戒が発表された場合、津波浸水想定区域にある拠点については、拠点閉鎖・避難という対応が基本方針となりますが、B社では、たとえ津波浸水リスクがない拠点であっても、予想震度が6弱以上の地域に所在する拠点は「閉鎖」としており、従業員の安全に強く配慮した対応として参考になるでしょう。

事例から見るポイント④:家庭防災等に関する従業員教育を推進する

今回ご紹介した事例の対応内容でもう1点注目していただきたいのは、事業拠点の閉鎖に伴い、自宅や避難所で過ごすことになった従業員について、その後の安全確保行動等は従業員に委ねられている例が多い点です。つまり、事業の停止後、在宅中等に本震が発生し被災した際の対応は、家庭防災の範疇として整理している企業が一般的といえます。

企業としての対応は、しっかりと検討している企業も多いですが、帰宅・避難した後の家庭防災についても、従業員へ啓蒙活動や教育を実施することが望ましいでしょう。ぜひ、避難対応や事業継続対応に関するルールの検討が完了した企業においては、従業員個人への防災教育の推進や教育内容の見直しも検討してみましょう。

企業における帰宅困難者対策の見直しのポイントについて解説しています。

 

その他、検討を推奨する事項

特に上記(1)事業の停止や、(2)業務の継続に関わる方針については、あらかじめ全従業員に周知徹底するとともに、「誰が」「どのタイミングで」「何をするか」という手順を具体的に定め、訓練等で実践することが望ましいです。こうした手順構築や訓練等については、愛知県や大分県佐伯市等の自治体を中心に広く行われています。

また、ある製造業では、巨大地震警戒情報が発表されたという想定の下、「被害情報の収集と対応方針検討」と「1週間以内に発生するであろう地震への備え」についてシミュレーション訓練を実施しています。こうした事例も参考になるでしょう。

おわりに

南海トラフ地震臨時情報のように、「観測された異常現象と関連して、後発地震等の可能性が高まった」ことを示す情報発表の運用は、日本海溝・千島海溝沿いの地震においても検討がなされています(2022年3月22日公表の中央防災会議報告書)。こうした情報発表の運用について、企業側が留意すべき事項は「空振りを恐れない」ことであるといえるでしょう。

東京大学大学院・片田敏孝特任教授は「日本海溝・千島海溝の震源域ではM7以上の地震は2年に1回ほど起きています。そのたびに後発地震への注意報が出ても、空振りが増えて『オオカミ少年』のような扱いになっていくのではないか」と住民の警戒感が薄れることを危惧しています。

実際に、昨今は震度5強以下の地震が国内でも頻発しており、緊急地震速報に触れる機会も増加し、ある種の「災害慣れ」の風潮が広がっているのも、こうした危惧が生まれる要因の一つであるといえるでしょう。しかし、実際に大規模な地震が発生し、「情報を基に備えを強化しておけばよかった」と後悔してからでは遅いものです。

片田教授は、同記事内で「後発地震への注意情報が出てから右往左往するのでは遅い。すぐに避難行動が取れるように、大きな揺れや津波への備えを進めることが重要で、注意情報はそれまでに備えた対策をスムーズに実施する確認の機会と捉えるべきだ」とも述べています。

実際に本稿で紹介した企業の対応事例についても、巨大地震警戒では空振りを恐れずに「事業停止」、巨大地震注意であっても「備えを確認する/津波浸水想定区域では拠点閉鎖」等というアクションが盛り込まれています。南海トラフ地震臨時情報における企業対応を検討するうえでは、このように「空振りを恐れないこと」と「当該情報をこれまでの対策をスムーズに実施する確認の機会と捉えること」が重要であるといえるでしょう。

最後に、皆さまにとって本稿が、南海トラフ地震だけではなくそれぞれの地域にて危惧されるあらゆる災害への備えを見直していただくきっかけや材料としていただければと思います。



MS&ADインターリスク総研株式会社発行のBCMニュース2022年7月(No.2)を基に作成したものです。

首都直下地震等による東京の被害想定や企業が取るべき地震対策等について解説しています。

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