お客さまは神様ではない!?カスハラの実態 企業はどう対応すべき?

公開日:2024年6月21日

人事労務・働き方改革

近年、顧客からの理不尽な要求やクレームによるカスタマーハラスメント=カスハラが深刻化しています。

ある衣料品店では、従業員に土下座を要求し、その様子をコメントと共にSNSに投稿するなど、顧客の不適切な行為が社会問題となりメディアを大きく騒がせました。購入した商品に不具合があったと訴えた顧客に対し、店舗側は丁寧に謝罪し返金を了承していますが、画像には顧客の要求がエスカレートしていく様子が収められています。

このような背景から、東京都ではカスハラに特化した防止条例を全国で初めて制定する方針を表明しています。また厚生労働省は、「労働施策総合推進法」を改正し、従業員の保護を企業に義務づけるなどカスハラ対策強化の検討に入っています。社会的関心も高いため、政府が2024年6月に取りまとめた「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に盛り込まれました。

企業においても、従業員の生活が害されることのないようカスハラのリスクに対して予防措置を講じなければなりません。2008年から施行された労働契約法では「使用者は労働契約に伴い、労働者が、その生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定されています。これを「安全配慮義務」といいます。

昨今、カスハラを理由としたメンタルヘルスの不調を訴える従業員が増加傾向にあることから、精神的な健康への配慮が特に必要とされています。自社の従業員をカスハラから守るためには、相談体制の整備やカスハラへの対応を外部の専門家に委託するなどの方法も「安全配慮義務」という観点から非常に有効です。

カスハラとは?

本来、サービスを提供する側と受ける側は対等にあるべきです。顧客は代金を支払い、その対価として見合ったサービスの提供を受け取るのです。しかし、1960年代に入り「お客様は神様です」という言葉が歪曲され広がったために、お金を支払う顧客が優越的な立場として世の中に認識されるようになりました。

日本のホスピタリティである「おもてなしの心」も競合相手に過剰なサービス合戦となり、結果的にはカスハラ増加に拍車をかけました。「おもてなしの心」とは、見返りを求めず相手へのリスペクトを行動で示すものです。顧客を大切にすることを美徳と考える一歩先を行くサービスが、一部の顧客の過度な要求をエスカレートさせました。

さらに、スマートフォンの普及もカスハラを加速させた原因のひとつだと考えられます。匿名性が高いSNSでの発言力の強さは、時には企業のブランドイメージの低下など取り返しがつかない事態を招きます。誹謗中傷をすることに抵抗感が低い比較的若い世代に見られるカスハラです。

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、企業や従業員に対する理不尽なクレーム、不当な要求、暴言・暴行等の行為により就業環境が著しく害される迷惑行為のことです。たとえ顧客の要求が妥当であっても、要求を実現するための手段が社会通念上不相当であればカスハラに該当します。

1)カスハラの定義

2019年に改正された「労働施策総合推進法」は「パワハラ防止法」とも呼ばれ、体制の整備など必要な措置を講じることや、相談したことを理由に不利益な取り扱いをしてはいけないなどが事業主に課せられています。

さらに、優越的な関係を背景とした言動・業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動・労働者の就業環境が害されるもの、この3つの要素すべてを満たす行為をパワハラの定義として厳格に定めています。

セクハラやマタハラも「改正男女雇用機会均等法」と「育児介護休業法」で、それぞれの要件が明確化されています。また、事業主が雇用管理する上で講じなければならない措置と取組についても規定されています。

しかし、カスハラに関しては法律上の定義がなく、パワハラやセクハラのように事業主が対策を講じる義務は生じていません。業種によってもカスハラの基準が異なるため、明確に判断することは困難な状況が続いています。

このため、厚生労働省では「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」において、次のような例をあげています。

●身体的な攻撃(暴行・傷害)            ●拘束的な言動(不退去・居座り・監禁)
●精神的な攻撃(脅迫・中傷・名誉毀損・侮辱・暴言) ●差別的な言動
●威圧的な言動                   ●性的な言動
●土下座の要求                   ●従業員個人への攻撃・要求
●継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動

2)カスハラとクレームの違い

正当なクレームとは、顧客が商品やシステムに対して、品質の改善を目的として訴えることにあります。接客においても、より良いサービス向上のために改善を求めるものです。

一方カスハラは、顧客である立場を利用した著しい迷惑行為のことを示します。過剰な要求、不当な言いがかりをつけることで自身の欲求を満たそうとする傾向があるのが特徴です。しかし、カスハラとクレームとの間に明確な線引きがあるわけではないため、現場ではしばしば混乱が起きてしまいます。

また、不満をぶつける顧客には顧客なりの正義や価値観が存在します。特に年齢層が高くなるほど、厳しい指摘が相手の成長になるとの考えから、一線を越えた行動につながりやすい傾向にあるようです。

3)カスハラの増加傾向

厚生労働省における「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、過去3年間に27.9%の企業が「顧客からの著しい迷惑行為」について従業員から相談を受けていたことが分かりました。

その内容としては「持続的な執拗な言動(頻繁なクレーム、同じ質問を繰り返す等)」57.3%が最も多く、次いで「威圧的な言動(大声で責める、反社会的な者とのつながりをほのめかす等)」50.2%となっています。

次に、相談件数の推移に着目してみると、パワハラやセクハラでは「相談件数が減少している」割合が「相談件数が増加している」より高かったという結果に対して、「顧客からの著しい迷惑行為」のみ「増加」が「減少」を上回るという結果になっています。

「令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」令和6年3月 PwC コンサルティング合同会社(厚生労働省HP:https://www.mhlw.go.jp/content/11910000/001256082.pdf)を加工して作成

カスハラ事例

1)保育施設

保育所では子どもが使用するためコップの持参を求めていました。保護者には、保育士が洗浄し乾燥機に入れること、コップの大きさ等も事前に手紙で渡していました。

しかし、Aさんは有名レジャー施設の期間限定品でキラキラした熱に弱いコップを子どもに持たせており、保育士が他の子と同様に乾燥機に入れたところ割れてしまいました。
割れたことを知ったAさんは保育所で怒り、保育士を罵倒し、同じものを持ってくるようにと、無理難題を保育士に伝えました。保育士と施設長は謝罪をしましたが怒りが収まらず罵倒が続きました。これはカスハラにあたるのでしょうか。

●限定品のため同じものは購入できないとわかっているにも関わらず、同じものを強要してきた → 無理な要求

●保育士を罵倒し、長時間の拘束をした → 攻撃的な態度と言動であった

条件に当てはめるとカスハラに該当しそうですが、施設長がAさんの話を丁寧に聞き、代金の弁償をすることで納得してもらえました。もし、代金の弁償を受け入れず、SNSに悪口などを投稿した場合は、悪質な嫌がらせになります。

2)飲食店

50代と20代の親子二名で来店。だいぶお酒が回っている様子のお客さまが、店舗マニュアルで定められているお酒の分量をサービスとして増やして欲しいと要求してきました。規定量しか入れられないため、難しい旨を伝えると、増やせないなら金は払わないと激怒。その後、出てくる商品全てに、「まずい」などのいちゃもんをつけて店長を呼び出し、お酒をサービスしてくれないことと、商品がまずいので金は払わないと宣言し、手に握りしめていたお札を投げつけて楽しんでいる様子でした。

態度と言動、要求も明らかに悪質なため、カスハラに該当します。悪質なため、その後警察対応となり、このお客さまがお店に出入りすることは禁止されました。

企業が出来るカスハラ予防策

お客さまからのカスハラにより従業員が安全に勤務出来なくなると企業にとっても不利益が生じます。理不尽なクレームに怯えながら勤務することは他のお客さまを含めステークホルダー全体にマイナスに作用することになります。

企業には使用者として「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」ことが労働契約法5条で定められています。適切な対応をせずに従業員を守らなかった場合、被害を受けた従業員から責任を追及される可能性もあります。

カスタマーハラスメントを禁止する社内規定やマニュアル等、予防策が一つでも取られていると対応できる確率が8.8%も高いことがわかります。

まずは、企業としてカスハラに対応する事を決め、対策を実施することが解決の一歩になるでしょう。以下に企業ができるカスハラ対策について具体的にお伝えします。

1)従業員への周知

企業として、明確にカスタマーハラスメント対策の姿勢を従業員全体に示す必要があります。これにはトップ自らが従業員を守り尊重する姿勢であること、カスハラに対する基本姿勢を従業員に示すことで、安心して勤務することに繋がります。企業のトップが「お客さまは大切だが、従業員はもっと大切であり守る」という強い姿勢が大切です。

2)被害を受けた従業員のための相談窓口の設置

理不尽な恫喝や侮辱、暴力などのカスハラに対応した従業員は気持ちが落ち込み眠れないなど心身に影響がでることがあります。

愛知県のタクシー会社では入社して3カ月未満の退職者の内、3分の2がカスハラを理由とした退職であった、との報道もあります。こういった心に傷を受けた従業員のために相談窓口を設置し、心のケアをする必要があります。そして相談窓口が設けられていることを従業員に周知することが大切です。

カスハラは被害に遭った後だけでなく、発生の恐れがある場合や、疑わしい場合なども含めて幅広く相談できる窓口がある、ということを知っているだけでも従業員の気持ちの支えになるでしょう。

2ー1)相談窓口の対応者への研修

相談窓口の対応者は相談の内容や状況に応じ適切に対応できるようにすることが大切です。カスハラの被害者は心身が弱っている状態でいることが多いです。気持ちに寄り添い、慎重に相談に応じなければなりません。社内で相談窓口を設置する場合は、相談対応者に対してもマニュアルや研修を実施することが有効です。

カスハラの中にはセクハラ被害も含まれます。これは医療や介護の現場で増えてきているといいます。こういった性的被害の話を傾聴するには相手の話を否定せずにしっかりと聞き、事実確認をしていくことが大切です。相談対応者は法的な判断は必要ないですが、法律の知識もある程度入れておくと良いでしょう。

もう一方でカスハラ被害に遭ったという申告でも、実は対応した従業員にも問題がある場合があります。例えば自社の商品や対応に欠陥があってお客さまが指摘したにも関わらず、暴言や恫喝、店内什器を使用し威嚇するなどを行っていた場合です。

こういった場合も事案の経緯をヒアリングし防犯カメラがあれば確認するなどの検証が必要となります。

2-2)社内での対応が難しい場合は外部委託も可能

対面のカスハラ被害だけでなく、電話でのクレーム対応もあります。相手の顔が見えないため攻撃的になる人も多く、業務負担は重くなりやすいと言われています。

従業員の精神的負担を軽くするために、外部委託をすることも可能です。外部委託窓口では専門的な知識やスキルを備えており、迅速、丁寧に対応することが期待できます。社内での相談窓口対応者への研修や育成する手間を考えると、コスト面でも負担を軽減することができます。

3)対応マニュアルの作成

マニュアルがあればクレームを受けた時、正当なクレームか悪質なクレームかを判断できる材料になります。一般的には、初期の交渉や対応で収まればカスハラにまで発展せず、クレームとして処理できます。

具体的には、今まで社内で起こったカスハラの事例を集めて、社内でのカスハラの基準を決めることです。過去3年にお客さまから受けた酷いクレームを情報収集します。そして集めた情報をデータ化し、社内でどんなクレームがあったか共有し、全体的に把握できるようになれば、地域や年代の傾向や対策も分かりカスハラの対策がしやすくなります。そして社内でのカスハラの判断基準を設けます。

クレームの初期対応として高い温度感のお客さまの要求は何か、どんな事情があるのかを明確にし、事実確認を行った上で自社に非があると確定した場合は過失の程度に応じて謝罪をすることが望ましいです。

初期対応において誠意を持って対応し、お客さまの不満が沈静化すればよいのですが、何度も過度な要求をしたり、暴言暴力があればカスハラと分類しマニュアルに沿って毅然とした対応をしていくことになります。

組織として明確なゴールを決めて周知させる、例えば暴力をふるったら警察を呼ぶ、弁護士対応をするなどマニュアルを決めて周知することで従業員も対応しやすくなるでしょう。また、具体的な基準があれば、お客さまによって対応が変わることを防ぐことができるため、企業利益にもつながるでしょう。

※寄稿:日本公益通報サービス株式会社

日本公益通報サービス株式会社

企業危機管理や働きやすい職場づくりなど、長期的な健康経営に取り組む事業者をサポート。内部不正・ハラスメント外部相談窓口サービスのほか、ハラスメント理解度チェックやセミナー・説明会の開催をとおして、専門家によるアドバイス等、幅広い支援を行っている。
(公式HP:https://jwbs.co.jp/)

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